GPSを理科授業で利用する(2)

カーナビで地球の大きさを測る

山本明利(神奈川・湘南台高等学校/横浜物理サークル)

 前編では、GPS(Global Positioning System)の原理とカーナビのしくみについて概括し、GPSの小型受信機ポケットナビゲーターなどの出現により、理科教育の現場でも野外調査・実験に画期的な応用が期待できることを示しました。今回は、その応用例として、地球の大きさを実測することにチャレンジしてみましょう。

●エラトステネスの方法

 B.C.230年ごろ、エラトステネスは地球を球体と考えて、はじめてその大きさを推定しました。ナイル川沿いにほぼ南北に隔たった二都市、アレキサンドリアとシエネ(現在のアスワン)の緯度差と地表距離から地球の全周を求めたのでした。
 彼の着想はパピルスの文書を読んで、シエネで夏至の日の正午に掘りぬき井戸の底まで陽が差し込むことを知ったときに得られました。シエネは北回帰線上の都市で、夏至の日に太陽の南中高度が90゜になるためそういうことが起こるのですが、彼の住んでいたアレキサンドリアでは、井戸の底までまっすぐに陽が差すことは決してなかったのです。
 夏至の日にアレキサンドリアで測定した太陽の天頂距離(天頂から天体までの角度)は全円周のおよそ50分の1すなわち約7.2゜でした。この角度は、図1のように地球上での両地点の緯度差φ−φに相当します。扇形の円弧の長さと中心角は比例しますから、両地点間の地表距離Sを知れば、地球の全円周Lは L=S×360゜/(φ−φ) として計算できることになります。
 歩測をもとに、エラトステネスが推定した両都市間の距離は5000スタジアでした。現代流には約900〜925kmということになります。これらの測定値・推定値から計算すると、地球の全円周はおよそ4.5〜4.6×104kmとなります。実際の値は4.0×104kmですから、ほぼ正しく地球の大きさを言い当てているといえます。このエラトステネスの方法は測地の基本とされています。

●カーナビで地球の大きさを測る

 さて、お話変わって現代。前編でもご紹介したように、GPS衛星が発する電波を受信して、空間での三次元位置を決定できる装置が民生品としても普及してきました。カーナビゲーションシステムやポータブルGPS受信機が手ごろな価格で入手できるようになってきたのです。
 カーナビは基本的には自分の車の緯度経度を算出し、それを数値地図上に投影していますから、ボタン一つで緯度経度を表示させることも可能です。この数値は地図から読みとったものではなく、GPS衛星から受信したデータにより直接算出されたものです。
 そこで、カーナビを積んだ車を南北に走らせて緯度の変化を測定すると共に、距離を車の走行距離計で測れば、エラトステネスの方法で簡単に地球の大きさを計算することができるはずです。カーナビの精度は角度で1〜3秒、距離にして30〜100m程度です。この精度なら、エラトステネスのように900kmもの基線長をとらなくてもよいので、手軽に測定ができます。
 表1は神奈川県の藤沢市から大和市をぬけて南北にのびる県道藤沢町田線に沿って車を走らせて測定したデータです。使用したカーナビはカシオのNS-770です。藤沢市善行の神奈川県立教育センター前からダイクマ大和店の駐車場まで11.8kmを往復しながら測定しました。渋滞に付き合いながら、交差点の信号で停車するたびに緯度経度と走行距離計の読みを記録したものです。往路と復路の走行距離の差は100m以内でした。
 これをグラフにしたものが図2です。縦軸には北緯から35゜を除いた、分以下の数値のみをとってあります。ご覧のように測定点はぴったり直線に乗ります。直線を外挿すると距離14kmあたりの緯度差は7.5分と読めます。これから地球の全周を求めると

地球全周= 14km×(360×60/7.5) = 40320km

となります。なかなかの精度ですね。エラトステネスには勝てそうです。 データの直線性のよさを考えると、10km以上も車を走らせる必要はなかったようです。ポータブルのGPS受信機があれば、生徒と共に巻き尺を持って学校のそばを1kmも散歩するだけで地球の大きさは求まってしまいます。すごい時代になったものです。


表1 測定結果(’98/04/05)

時刻 地名 北緯度 東経度 距離 北緯分
15:00 教育センター 35 21 26 139 28 53 0.0 21.43
15:16 六会駅入口 35 22 47 139 28 40 2.6 22.78
15:18 市民図書館入口 35 23 28 139 28 28 3.9 23.47
15:29 マックスイミング 35 24 37 139 28 22 6.0 24.62
15:32 藤沢・大和市境 35 25 12 139 28 17 7.1 25.20
15:40 JUSCO前 35 25 46 139 28 12 8.1 25.77
15:48 桜ヶ丘交差点 35 26 42 139 28 14 9.8 26.70
15:56 光が丘交差点 35 27 31 139 28 14 11.3 27.52
16:07 ダイクマ駐車場 35 27 43 139 28 10 11.8 27.72
16:14 光が丘交差点 35 27 37 139 28 13 11.5 27.62
16:20 柳橋入口 35 27 10 139 28 12 10.7 27.17
16:24 桜ヶ丘交差点 35 26 53 139 28 13 10.1 26.88
16:37 JUSCO前 35 26 1 139 28 12 8.5 26.02
16:48 湘南台文化センター前 35 23 39 139 28 25 4.2 23.65
16:52 六会駅入口 35 23 4 139 28 35 3.1 23.07
16:54 藤沢養護学校入口 35 22 25 139 28 48 1.9 22.42
16:59 教育センター 35 21 27 139 28 52 0.0 21.45


図2

●授業での生徒の反応

 さて、実際の授業ですが、今回はカーナビを使用したので、測定のもようはVTRに撮って10分程度に編集したものを見せました。学校や自分の居住地に近い道路なので、生徒は車窓の風景を楽しげに眺めていました。地球を測ることが遠い世界のことではないと認識させる上で成功だったと思います。
 そのあと測定値を印刷したプリントを配ってコンピュータ教室で表計算ソフトExcelを使ってデータ処理をさせ、地球の全周と半径を求めさせました。
 レポートに添えられた生徒の感想には、「地球の大きさを求めることなんて想像もつかなかったけど、このような計算で出せるなんておどろいた。」、「こういうやり方で求められるのはすごいと思う。先生の作ったビデオ、知ってるトコばかりでてきて楽しかったです。」、「人間は昔から頭がいいんだなと思った。このエラトステネスという人は特にすごいと思った。地球が丸いなんて今でも信じられないのに、紀元前の人が地球が丸いと知っていたのには驚いた。」などという反応があり、おしなべて好評でした。

●論理の循環に注意

 さて、以上ご紹介した方法で地球の大きさを測定する場合、GPSによる測位の原理などはブラックボックスとせざるを得ないと思いますが、論理の循環には気をつける必要があります。
 多くのカーナビやポータブルGPS受信機には、距離計測機能がついています。車の走行距離計など使わずに、この機能を使えば手軽じゃないかと思われるかもしれませんが、ここにちょっとした落とし穴があります。この機能では、地表距離の算出に地球の大きさのデータを基礎数値として使っている恐れがあります。また、地図CDを使うカーナビが示す距離は、CDに記録された地図データベースに基づく路線距離であって、実測された直線距離ではありません。
 したがって、地表距離は自動車や自転車の走行距離計や巻き尺を使うなど、別の手段で独立に計測する必要があります。

●謝辞

 本稿をしたためるにあたり、パソコン通信仲間の郵政省通信総合研究所鹿島宇宙通信センターの市川さんに、参考文献を紹介していただくなど相談にのっていただきました。また、カシオ計算機株式会社の初鹿野さんには細かい質問に懇切に応答していただきました。この場を借りて御礼申し上げます。


【参考文献】
新訂版・やさしいGPS測量 土屋淳、辻宏道著(社団法人日本測量協会)
YPCニュースNo.122(98/05/16)「カーナビで地球の大きさを測る」


理科教室No.524 1998年12月号(新星出版)掲載


関連記事:「GPSを理科授業で利用する(1)」へ

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