点光源による人工虹の理論   (モノクロPDF版:1.9MBはここ

神奈川県立湘南台高等学校
横浜物理サークル 山本 明利

 雨上がりの空にかかる虹の美しさは古来人間の心をとらえてきた。それが空中に浮かんだ無数の水滴による光の屈折と反射の結果生じることはデカルトやニュートンらによって示され、以来虹は光学における恰好の例題となった。この虹を教室内に持ち込み、随時手軽に観察できるようにする教材化の試みが、名城大学内川英雄教授、鳥取大学附属中学校浜崎修教諭らによってなされ、水滴をガラスやプラスチックの微小透明球「虹ビーズ」に置き換えた「人工虹スクリーン」が考案された(文献1)。
 虹スクリーンを用いると、点光源による人工虹を観察することもできる。このとき生じる虹は、平行光線によって生じる天然の虹では見られない興味深い振舞いをする。本論は点光源によって虹スクリーン上に生じる人工虹の見え方を、新概念「虹トーラス」を用いて統一的に説明しようとするものである。
 点光源のもとで観察される人工虹は、小・中学校はもとより、高等学校の理科の探究活動の教材としても活用し得る話題を豊富に含んでいる。

【虹の原理の復習】

 虹は透明な球(水滴、ビーズetc.)内に屈折しつつ進入し、その内壁で反射したあと再び屈折して外部へ出た光が目に入る時見える。その原理については各種文献に解説があるが、ここで若干復習しておこう。
 図1のように、球の内部で1回だけ反射した光による虹を「1次の虹(主虹)」と呼ぶ。以下、この最も明るい1次の虹についてのみ考えることにする。参考までに、球内で2回反射した光による2次の虹は「副虹」と呼ばれる。
図1 虹の原理と虹角の定義
 反射を1回、屈折を2回経験して目に入る1次の反射光の経路は幾何光学的に決まり、入射光線と反射光線の経路がはさむ角の最大値θは、水滴の場合で約42度、虹ビーズの場合は赤の光について約17度、紫の光について約14度となる。この角度θを「虹角 bow angle」と呼ぶことにする。θの補角を虹角とする文献もあるが、ここでは議論の便利のため図1に示す定義を用いる。
 太陽光線のような平行光線の場合、虹角はそのまま虹が描くアーチの視半径になる。つまり天然の虹は太陽と正反対の方向を中心に、42度の角をなす円周上に見えることになる。この角度は波長ごとにわずかに異なり、赤でやや大きく紫でやや小さいため、赤が外側紫が内側になるよう光線が分散して七色の帯を作りだすのである。そして、1次の反射光の来る方向は虹角以内に限られるため、主虹の内部は明るく、外部は暗くなる。

【虹スクリーンの製作】

 本研究で用いた虹スクリーンは、浜崎修教諭の指導のもとに製作したものである。材料の虹ビーズ(直径約0.3mmの透明プラスチック球)も同教諭より提供を受けた。黒い模造紙またはラシャ紙にスプレー糊をまんべんなく吹き付け、虹ビーズを散布して稠密な一重層を作り固定する。これが虹スクリーンである。これを壁などに貼り、光を当てるとスクリーン上に鮮やかな人工虹が見える。
 太陽光線を背に受けて観察するときには、自分の頭の影を中心に円形の虹の光輪が見える。これは天然の虹と同じ原理によって生じるものである。このときの虹は、外側が赤、内側が紫の色帯を作る。虹輪の内部が明るく、外部は暗くなるのも天然の虹と同じである。天然の虹と異なるのは、虹角が14〜17度と小さいため、コンパクトな虹になる点である。
 なお、人工虹を大勢で同時に観察できる方法として、小型テレビカメラ(SONY:CCD−MC1)で虹を撮影し、リアルタイムでテレビ画面で見ることを試みた。鮮やかさや分解能は肉眼での観察に及ばないが、MC1は広角なので虹の全体像がよくわかる。このテレビカメラを用いた観察は、以下の議論の重要な基礎となった。

【裏虹の発見】(青文字の写真番号をクリックすると写真が表示されます)

 電球(100Wクリヤー電球等を使用、すりガラスの電球は不適)のような点光源で虹スクリーンを照らし、視点をいろいろに変えて観察すると、虹は必ずしも円形ではなくなる。点光源を虹スクリーンから離して、両者の間に視点を設けると、太陽光による普通の虹と似た位置関係になり、正常な虹が観察できる(写真1)。点光源を虹スクリーンに近づけてその背後の遠くから観察すると、電球をとりまくように円形の虹が見える(写真2)。この虹も赤が外側の正常な虹で、虹輪の内側が明るいのも普通の虹と同じである。
 ところが、視点と光源がほとんど並ぶぐらいの位置にくると奇妙なことが起こる。目と電球をスクリーンに平行に配置し、目尻が電球の熱を感じるぐらい光源と目を近づけると、赤が内側に紫が外側になった虹の輪が見えるのである。しかも中心が暗く外側が明るい・・・ちょうど正常な虹を内外裏返した感じであるが、楕円に似た形で幅が広いのが特徴である(写真3)。逆順なので、当初は副虹(2次の反射光による虹)かと思ったが、それにしては明るすぎるし、よく観察すると前述の正常な虹から連続的に変化して裏返るのが見える。つまりこれは1次の虹の一部なのである。楕円形に似た形や放物線のように開いた形やほとんど直線になった虹も観察できる(写真4)。
 以下ではこの裏返しの虹(赤が内側で紫が外側、赤の内部が暗い)を「裏虹 reverse bow」と呼ぶ。これに対し、天然に見慣れた赤が外、紫が内で内部の明るい虹をここでは「正常虹 normal bow」と呼ぶことにする。上述のように、裏虹は正常虹と連続的に移り変わる1次の虹である。
 裏虹は太陽光のような平行光線では決して観察することはできない、点光源ならではの現象である。正常虹と裏虹を分ける条件は何なのだろうか。そもそも、点光源による虹はどういう条件を満たして観測されるのだろうか。次節でその考察を試みる。

【点光源による虹の理論】

 さて、点光源を虹スクリーンから有限の距離に置き、光源・スクリーン・目の位置関係をさまざまに変えて人工虹を観察することにする。図2で、Sを光源、Eを観察者の目とする。虹角θを満たす点の集合は、SEを含むある平面内では線分SEを弦に持つ円周上にある。いわゆる円周角の定理である。正確に言うと、弦SEに対する円周角が虹角θであるような円周上の点は、そこに虹ビーズがあるとき虹が見える位置になる。
図2 虹トーラスの形成
図3 虹トーラスの立体模型
  ↑図3 虹トーラスの立体模型

 実際にはこのような点は空間図形として分布していて、上記の円を、SEを通る直線を軸にぐるっと回転させてできる「穴のつぶれたトーラス」状(膨らんで中心のあながふさがってしまったできそこないのドーナツを想像してほしい)の立体を形成する。これを「虹トーラス bow torus」と呼ぶことにする。図3は虹トーラスの外形と断面の立体模型である。
 点光源が平面の虹スクリーンに作る虹の形を求める問題は、このトーラスを虹スクリーンという平面で切る時の切り口の形状を考えるという幾何学的問題に置き換えることができるのである。なお、この円の半径は虹角θが色により異なるため、赤でやや小さく紫でやや大きくなるが、各円は必ずSとEで交わる。
 図2で光源と目の距離SEをd、虹角をθとすると、円の半径rは、

である。虹ビーズでは赤についてsinθ=sin17゜=0.29 だから、

≒1.7d

同様に紫についてsinθ=sin14゜=0.24 だから、

≒2.1dとなる。

【虹トーラスを切る】

 虹トーラスを虹スクリーンで切った断面が、観察される人工虹に相当することは上に述べた。この点について、より詳しく考察してみよう。

図4 虹トーラスを切る

 正常虹は図4(1)のようにスクリーンを配置した時に中心付近に円形に観察される。紫のトーラスとスクリーンの交線は赤のそれより内側にくる。つまり赤が外、紫が内側になる。正常虹はスクリーンが図4(2)の位置より離れると観察できない。このときのスクリーンと目Eの距離

となり、虹ビーズでは赤について ≒1.2d、紫について≒1.6dである。図形は左右対称だから、平面(1)を光源S側に持ってきても、同様に光源をとりまくように正常虹が見られる。
 一方、線分SEに平行に、図4(3)のようにスクリーンを配置すると、やはり虹が見えるがこのときは紫のトーラスとスクリーンの交線は赤のそれより外側に来る。つまり赤が内側の裏虹が観測されることになる。この場合もスクリーンが(4)の位置より離れると虹は見えなくなる。虹ビーズの場合は大まかに言ってこの距離は円の直径の程度で、赤について2≒3.4d、紫について2≒4.2dほどである。
 さらに付け加えれば、赤のトーラスの立体内部の点は、SEを見込む角が虹角17度を越えるので、この領域からは反射光はやってこない。したがって正常虹の内部は明るく、裏虹の内部は暗くなる。
 図4(1)のような位置からスクリーンをしだいに傾けて(3)の位置までもっていく途中で、例えば(5)のように斜めにトーラスを切るところでは、正常虹は連続的に裏返って裏虹の一部を構成するようになる。裏虹の裏虹たる所以である。
図5 切断面模型(1)図5 図4(1)の切断面模型
図6 切断面模型(3)図6 図4(3)の切断面模型

【虹トーラス理論の実験的検証】

 電球(S)と小型ビデオカメラ(E)を約15cm離して固定した装置を作り、SE一定の条件のもとで、上記の理論に基づき、スクリーンと装置の様々な位置関係について虹を観察した。結果は、大筋で上記理論を支持するもので、虹が見える限界の距離は式、とよく一致した。
 特に、図4に示した(1)の平面で切った場合、トーラスと平面の交線は二つの同心円になり、中心付近にできる正常虹と同時に、それよりずっと外側に大きな裏虹が観測されることが予想されるが(図5)、当初気付かなかったこの虹が予想通り発見されたことで、上述の「虹トーラス理論」は検証されたと考える。正常虹と裏虹(共に主虹!)が二重になって同時に見えるのは、点光源による人工虹ならではのことで大変興味深い。

【謝辞】

 本研究にあたり、名城大学内川英雄教授、鳥取大学附属中学校浜崎修教諭の論文を参考にさせていただいた。特に、浜崎教諭には虹ビーズを分けていただくと共に、虹スクリーンの作り方をご教授いただいた。深く感謝したい。
 神奈川県立柏陽高校の右近修治教諭には虹の理論についてご指導をいただくと共に、本論文に掲載した立体図を作成していただいた。右近教諭をはじめ、神奈川県立厚木高校の平野弘之教諭、慶応義塾高校の喜多誠教諭ら、YPC(横浜物理サークル)の皆さんに有益なコメントをいただき、実験に協力していただいた。また、NIFTY-Serve教育実践フォーラムの【理科の部屋】の皆さんにも人工虹をめぐる議論に参加していただいた。この場を借りて各位に御礼申し上げる。

【参考文献】

(1)「人工虹の研究」第12回東レ理科教育賞受賞作品集(昭和55年度)内川英雄、浜崎修、国田徹也
(2)「過剰虹の実験とマイコンによる計算」物理教育第31巻第4号(1981)浜崎修
(3)NIFTY-Serve、FKYOIKUS【理科の部屋】'95/12〜'96/1の関連ログ
(4)YPC(横浜物理サークル)ニュース No.71、No.95

【物理教育通信 第84号(1996)掲載】


関連ページへのリンク

LINK魚眼レンズで見た「虹のトンネル」

LINK顕微鏡で見た虹ビーズ

LINK虹のトンネルのようす (miyaさんのレポート・本館へ)

LINK虹スクリーンの作成法 (miyaさんのレポート・本館へ)



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