学生読み物:落ちない物体?
湘南台高校 山本明利
高等学校物理1の力学の単元で落下運動について学びました。重力のみを考えると、地表付近ではあらゆる物体は等しい加速度9.8m/s2(重力加速度と呼びgという文字で表す)で落下すること、落下する距離yは落下時間tの二乗に比例して
という式に従うことも勉強しました。いわゆる「自由落下の式」です。
一方、水平に投げ出された物体は、水平方向には等速運動を続けるかたわら鉛直方向には自由落下と同じ運動を行ない、右図のような放物線の経路をたどります。vが初速度ですが、どんな速さで投げ出しても落下距離yには影響しないことに注目します。
ためしに式(1)にt=1秒を入れてみると、1秒間に落下する距離hは
となり、どんな物体をどんな速さで水平に投射しても、1秒後にははじめの高さより4.9m下がっていることになります。ですから、いくら速く投げても物体は地面に落ちないというわけにはいきません。速ければ速いだけ、地面につくまでの同じ時間に飛距離がかせげるだけです。
ところで地球は丸いので、地面はわずかずつですが下向きに曲がっています。物体が着地する場所は出発地点の水平面を延長したところより少し下にありますから、その分だけ上で議論してきた運動より滞空時間がのびることになりそうです。
物体は水平に投げ出されて1秒間にvだけ進み、その間に式(2)の距離hだけ落下するのですが、もしも行った先で地球の丸みのために地面が同じくhだけ下がっていたら、物体は行った先の地面から見ると、もとと同じ高さにあることになり、一見落ちていないように見えることになります。
右図は地表すれすれで水平方向に投げ出した物体について、このようすを示したものです。ここでRは地球の半径6400kmを表します。このとき三平方の定理により
という式が成り立つことが図からわかります。右辺を展開して整理すると
となりますが、Rに比べてhは比較にならないぐらい小さいので、右辺の第二項を無視して、さらにhに式(2)を代入すると次の式が得られます。
つまり地球では、式(5)で表される速さで地表すれすれに水平方向に投げ出された物体はいくら飛んでも地面につかず、永遠に落ち続けながら地球のまわりを回ることになります。人工衛星の誕生です。
このような速さを第一宇宙速度といいます。この速さを越える速さで打ち出せば、物体は地球を回る人工衛星になるのです。実際の数値を求めてみましょう。R=6400km=6.4×106m、g≒10m/s2ですから
ということになります。秒速8kmが人工衛星を打上げるロケットの目標速度です。
実際の地表付近では空気の抵抗がありますが、地上200kmぐらいの高度では実用上十分な真空になります。地球の半径6400kmに比べたらわずかな高さですから、これまでの議論はほぼ成り立つと言っていいでしょう。ほとんどの人工衛星は数百kmの高度、つまり地表すれすれを回っているのです。
【解説】 この読み物は高校物理の初学生のために、自由落下運動の公式だけを用いて第一宇宙速度を導く方法を示しています。第一宇宙速度は、万有引力の法則と等速円運動の運動方程式から導く方法が一般的ですが、現行の指導要領のもとではこれらは物理2の範囲となっており、学習初年度の生徒や物理2を選択しない生徒は第一宇宙速度という興味深い概念に触れることがありません。 この小論は最低限の知識で宇宙の力学を展望し、数理的考察の楽しみを示そうとしたものです。同様の考察はニュートン自身がプリンキピアの中で行っているわけですが、物理の初学生でも理解できる方法での解説を試みました。 |
YPCニュースNo.151(2000/10)掲載