サツキ開花のメカニズムに迫る (伊藤さん  

  今年度の東レ理科教育賞を受賞した伊藤さんの「サツキの開花のしくみせまる」についての発表です。

 この研究を始めたきっかけ。

  これまでの浸透圧の分野は、細胞をいろいろな濃度の水溶液(高張液、等張液、低張液)に入れたときの変化を観察し、グラフから膨圧や浸透圧を読み取るなどが学習内容の中心です。 

 生徒につまらないと感じさせている、という印象です。

 しかし、浸透圧は、植物細胞の成長にきわめて重要な現象です。何とかこれを生徒に理解させる教材を作りたい、と思いました。
 

 材料は「サツキツツジ」をつかいます。 
 測定は、以下のような方法で行います。

  花弁重量の測定・・・・電子天秤

  面積の測定・・・・・画像解析ソフトimageJ

  糖濃度の測定・・・硫酸アントロン法

  顕微鏡画像撮影・・・・デジタルカメラ(コリメート法)

  原形質分離の観察・・・・花弁内側をはぎとり、マンニトール8%〜12%に浸して、10分後に
                 50〜100個の細胞を観察し、分離したものの割合を計測。


 まずは、「つぼみたちの生涯」田中修著 中公新書 で紹介されていた内容に従って、追試をしてみました。


  
 

 実験1.微速度撮影

 サツキは、夜の時ごろから明け方の間に、つぼみの状態から開花します。右の写真は、赤外線LEDを照明にして、微速度撮影した映像からの画像です。

 このとき花びらの内部では、どんなことが起こっているのでしょうか。

PM10時、花は開花していません。 AM5時、開花しています。
    


 実験2.花弁の重量の比較

開花前と開花後の花弁それぞれ5個体を採取して、重量を測定したところ、開花後 0.345±0.049g  開花前 0.165±0.027g となり、開花前後で重量が、ほぼ2倍となっていることがわかりました。

  

 実験3.花弁の面積の比較

開花前と開花後の花弁それぞれ5個体を採取して、同じ部分の花弁の面積を測定したところ、開花後が333.4mm2、開花前が175.4 mm2なり、花弁の面積もほぼ2倍となっていることがわかりました。

     

    
 



   左:開花後のサツキ  右:開花前のサツキ

   左:開花後のサツキ  右:開花前のサツキ



   

 実験4.花弁細胞の面積の比較

 開花前と開花後の花弁を、裂いて内側の表皮をはがして切片を取り、顕微鏡で観察して細胞の面積測定を行ったところ、それぞれの細胞10個の面積の平均値は、開花後 4460±87μm2、開花前 2270±40μm2となりました。細胞の面積も、開花前後でほぼ2倍となっていることがわかりました。

  開花後の内側の花弁の細胞    開花前の内側の花弁の細胞
   


 実験5.花弁の細胞内のデンプン粒の比較

 開花前と開花後の花弁を、裂いて表皮をはがして切片を取り、ヨウ素液を滴下して、デンプンを染色したところ、開花前の花弁だけに、デンプン粒が見られました。

 開花にかかる
7時間のうちに、デンプン粒は分解されて、可溶性の糖が増加していると考えられます。

 デンプンは不溶性なので、濃度には影響しないのですが、分解されれば濃度に関わり、浸透圧が上がるので、吸水力が上昇して、細胞は水を吸うと考えられます。

       
開花後の細胞:デンプン粒が見られない 開花前の細胞:デンプン粒が見られる
 


   

 実験6.花弁断面のデンプン粒の観察

 開花前と開花後の花弁の断面を、ヨウ素液を滴下してから観察しました。花弁の厚みには大きな変化がなく、開花前の細胞には、デンプン粒が観察されました。

開花後の細胞:デンプン粒が見られない 開花前の細胞:デンプン粒が見られた
      


 実験7.原形質分離による細胞の浸透圧の比較


 開花前と開花後の
花弁を、10%マンニトール溶液に浸して、原形質分離の程度を比較しました。原形質分離を起こした細胞の割合、分離後のサイズに大きな違いは見られませんでした。

開花後の細胞 開花前の細胞
     


次に、8、9、10、11、12%のマンニトール溶液に、切片を浸して、原形質分離が見られる細胞の数を計測しました。


 開花前も開花後も、原形質分離50%となる等張状態のマンニトール濃度は、9%前後でほとんど差が見られませんでした。

  
<参考>マンニトール (mannitol) は糖アルコールの一種で、グルコース(ブドウ糖)とほぼ同じ分子量の糖です。植物はこれを代謝しないので、浸透圧の実験によく用いられます。


 <考察>

開花前後で、花弁細胞の面積が2倍になった結果、花弁の面積が2倍になって、全体の重量が2倍になったと考えられます。
 
 つぼみでは観察されるデンプン粒が、開花後には見られなかったこと、また、原形質分離の実験から、花弁細胞の成長は吸水によるものと考えられますが、浸透圧はほとんど変化しなかったことがわかります。

つまり、デンプン粒を分解することによって、糖濃度を上昇させて浸透圧が上昇した結果、吸水力が増して細胞が水を吸って大きくなって浸透圧をほぼ一定に保ったと考えられます。

 それを確かめるために、花弁の可溶性の糖量を測定する次の実験を行いました。


 実験8.硫酸アントロン法による糖濃度の測定

花弁細胞内に存在する可溶性の糖量を測定する目的で、硫酸アントロン法による糖濃度の測定を行いました。




  開花前と開花後では、花弁細胞中のデンプンが減少し、可溶性の糖量が明らかに上昇しています。
  花弁細胞で糖量が増加して、浸透圧が維持され、それによって吸水力が保たれ、水を吸って細胞が成長したと考えられます。


                


 
100 倍希釈)   グルコースμg/ml

 <参考>硫酸アントロン法による糖濃度の測定
        
    硫酸:DW(蒸留水)=15:5 に アントロン0.2%となるよう溶かし、試薬とする。

    花弁を細かくちぎり、蒸留水 2ml を加えて乳鉢ですりつぶす。 

    遠心分離機(10000rpm×2min)にかけ、上澄みを試料とする。
    沈殿物にはヨウ素ヨウ化カリウム溶液を加えた。

    試薬 2.5ml と100倍希釈の試料 0.25ml を氷冷しながら混合。
    その後、湯煎で10分間反応させる。

    620nm の吸光度を測定、グルコースの濃度シリーズと比較して試料の糖濃度を決定。
        
 
    

 こうした内容の実験1から実験7を、3年生の文系の授業で、2回に分けて生徒実験を行いました。

 顕微鏡やミクロメーターの使い方、浸透圧の復習をかねての実験でした。普段の浸透圧の授業では、植物が浸透圧をどのように利用しているのか、なかなか実感できないので、こうした開花現象のしくみを実感できる内容に、とても興味をもってくれました。