慣性力実験器
 [目 的]
 慣性系,非慣性系を実験器により作り出し,それぞれの座標系内での力学現象を調べる。

 [準 備]
鉄製のアングル(L型金具),モーター,凧糸,滑車,アングル用車輪,つり革(自動車用品店などで販売されている),物体投射器,投射物体,落下装
置,落下物体,空き缶,大型水槽型加速度計,ヘリウムガス入り風船

 [工 作]
(1)アングルを用いて,座標系(x−y座標系)を意識できるような枠付きの大きな台車(慣性力実験器)を作製する(図)。
 例えば,高さは車輪の部分を含め80cm,横幅は90cm,奥行きは30cm程度とする。
   
(2)アングルを利用して,実験器走行用のレール(長さ360cm)を作製する。
 これにより,摩擦力をかなり減少させることができる。
(3)慣性力実験器を等速直線運動をさせる場合:
 扇風機の羽根をはずして,扇風機の軸に凧糸の一端を取り付ける。凧糸の他端を,慣性力実験器に取り付け,扇風機のスイッチを入れ,等速直線運動をさせる。
(4)慣性力実験器を等加速度直線運動をさせる場合:
 慣性力実験器に取り付けた凧糸の他端に,滑車を通しておもりを取り付ける。このおもりが等加速度で落下することにより,慣性力実験器も進行方向に正の加速度をもって運動する。
 また,この実験器に大型水槽を設置している場合,おもりの質量を500gにすると,等速直線運動をすることが確認できた。
 作製したそれぞれの実験器で,等速直線運動を行うおもりの質量を調べておくと,等速直線運動と等加速度直線運動の比較が行いやすくなる。

 [実 験]
(a)放物投射の実験
 慣性力実験器で,2タイプの放物投射実験を行う。
1つは上方投射をさせる投射器を利用しての放物投射実験で,もう1つは自由落下用投射器を利用しての放物投射実験である。

(1)扇風機のスイッチを入れ,慣性力実験器が等速で走行し始めたら,上方投射装置から物体を上方投射する。
 上方投射された物体は,慣性力実験器内の観測者には,上方投射運動をして再び投射装置に戻ってくる。また慣性力実験器の外で静止している観測している観測者には,斜方投射運動をして再び投射装置に戻ってくる。

(2)慣性力実験器を,正の加速度をもった等加速度直線運動をさせる。この場合,投射物体は,投射器には戻らず,後方に遅れて落下する。同じく,自由落下をさせた物体も,真下に設置された空き缶には入らず,後方に遅れて落下する。負の加速度をもった等加速度直線運動をさせた場合には,投射物体は投射器よりも前方に落下する。同じく,自由落下させた物体も,空き缶の前方に落下する。

 これらの実験では,投射器や落下装置,空き缶,投射物体だけに蛍光塗料を塗っておき,暗くした実験室で紫外線ランプを用いて演示を行うと,暗闇の中,投射物体が投射器や空き缶に吸い込めれるように入って行く放物線が観られ,感動的である。

(b)つり革の実験
 本実験器の天井部分に,つり革を取り付ける。
 実験器が等速直線運動をする場合には,つり革は下向きにまっすぐで,実験器が正の加速度をもって等加速度直線運動をする場合には後方に傾く。

(c)水槽の実験
(1)本実験器の床の上に,横幅20cm,奥行き6cm,高さ70cm,水深8cmの大きさの水槽を作製し,設置する。
(2)水槽内の水面に,薄い板を浮かせ,この板の下部(水の中の部分)に垂直に指針を取り付ける。
(3)この板の上に人形を立たせて設置する。
 実験器が等速直線運動をする場合には,指針はまっすぐ下向きで,人形はまっすぐ立っている。正の加速度をもって等加速度直線運動をする場合には,指針は後方へ傾き,人形は前方へ傾く。
 この実験と,フロッピーケース型加速度計の実験の原理は同じである。

(d)風船の実験

 ヘリウムガスを入れたゴム風船を,実験器の床に取り付ける。
 等速直線運動の場合には風船はまっすぐ上向きであるが,正の加速度をもって等加速度直線運動をする場合には前方に傾く。

 [結果および考察]
 慣性力実験器内の投射器から投射された物体に作用する力は,(空気抵抗等を除いて)重力のみである。つまり,空中を飛行している最中の物体には,「飛んでいく方向の力」や「水平方向の力」は存在せず,鉛直方向の重力だけしか作用していない。
 等速直線運動を行う慣性力実験器内の投射器から投射された物体は,投射開始時に本実験器とともに水平方向へ運動をしていたので,本実験器と同じ速度を水平方向にもっている。このため投射物体は,投射中も投射器の真上を運動し続け,やがて投射器の場所に戻ってくることになる。この場合,この実験器の内部でも運動の第2法則が成立する。このような座標系を慣性系という。静止座標系も,もちろん慣性系である。
 等加速度運動を行う慣性力実験器内の投射器から投射された物体は,投射開始時に本実験器と同じ速度を水平方向にもち続ける。時間の経過とともに実験器の方は加速するが,投射物体の速度は不変である。そのために,投射物体は投射器よりも遅れてしまう。実験器の外側の静止系から見ている観測者にはそのように見える。しかし,実験器内部の観測者からみれば,投射物体を後方に引く何らかの力が作用し,座標系の加速度と同じ加速度をもって後方に加速度運動するように観測される。この力が慣性力である。質量mの物体が,運動座標系の加速度aと同じ大きさで逆向きに加速度運動を行うので,慣性力−maが観測される。したがって,慣性力はみかけの力であって実在の力でないことが確認される。このように,慣性力の存在を認めなければならない座標系を非慣性系という。
 整理すると,運動座標系が等速直線運動する座標系を慣性系といい,慣性系内部では運動の第2法則が成立する。運動座標系が加速度運動する座標系を非慣性系といい,非慣性系内部の観測者には運動座標系の運動の向きと逆向きの慣性力が観測される。