旅行主催団体へのリポートです
僕は アジア人 ///// オーストラリアで感じたこと /////
蒲郡市立中央小学校
小 田 泰 史
オーストラリアという国のイメージはと,いろいろ考えてみます。コアラと
カンガルーの国。はるか,南半球の国。広く広く,ひたすら広い国。資源が豊
富な国。次々と出てきます。そうしてみると,わりとなじみの深い国なのかも
しれません。
しかし,「ひと」についての認識が不足している,というより,ほとんどな
いことに気付きます。これは,オーストラリア人を知る機会がないのですから,
仕方のないことなのかもしれません。今回の旅行で,多くの「アジア人」に会
い,私もまた,アジア人になれたこと。これが,最大の収穫でした。
1.日本語の学習
幼稚園から高校まで,いくつかの学校を訪問しました。オーストラリア
は日本語の学習が盛んだと聞いてはいました。その程度は,予想以上のも
のがありました。幼稚園児の「こんにちは」のあいさつ。中学生の自己紹
介。高校生の日本語学習の感想。それぞれの学習が,実に生き生きしてい
ました。一部の学校の,一部の子どもとの会話から全体を判断できないで
しょうが,少なくとも,私の目の前には,日本語に真剣に取り組む子ども
の姿がありました。「アジアの一員として日本語を勉強しています」とい
う高校生の一言がたいへん印象にのこっています。
2.国際情勢への関心
オーストラリアでの一泊目は,早くもホームステイ。コソボでの紛争が
始まったときでした。家の中で,NATOの軍事行動について議論が始まりま
した。少しばかり驚きました。しかし,この家庭だけが関心をもっている
わけではありませんでした。2軒目のステイ先でも,同様の話が出ていま
した。ますます,驚きました。私が大変恥ずかしい思いをしたのは,太平
洋戦争当時,日本が,オーストラリアに対してどのような行動をとったか
知らなかったことです。現在についても,過去についても,そして,将来
に対しても,個人個人が関心をもっている姿に接することができました。
3.理解しようとすること
自分の英語は,果たして,通じているのだろうか。この不安は常にあり
ました。たくさんの人と話していると,しばしば「Pardon?」と聞きかえさ
れました。決まって,自信なく話したときです。とにかく理解しようとし
てくれている。その気持ちが大変よくわかりました。
別な見方をすると,「Pardon?」と聞き返されなければ自分の英語が相手
に通じているわけです。少しばかり,安心することもできました。
4.アジア人としての意識
国と国との関係はもちろん大切です。でも,それ以上に大切なのは,や
はり,ごく普通の人々の相互理解であるということが,体験的にわかって
きたように思います。「国際理解教育」というと硬いけれど,その中身は,
共通に使うことのできる言語で,お互いのことを話すことなのかもしれま
せん。
自分もアジア人なのだ。今年の春,再発見した思いです。
(Mar/05/1999)
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