ダイナビーの力学・Part1 (PDF版672KB)
神奈川県立湘南台高等学校・山本明利
【0】はじめに
ダイナビーというおもちゃ(スポーツ用品?)のことはすでにご存じと思います。野球のボールぐらいの大きさのプラスチックケースに黒くて重い回転子が入っていて、握った手首をうまく操作すると回転子の回転数がしだいに上がっていき、やがて毎分数千回転に達してブンブンうなりだすものです。この音が蜂の羽音のようなのでDynaBeeと命名されたのでしょう。このとき、握っている手首が感じる負荷もしだいに増大するためリストを鍛えるトレーニングにもなるというものです。
私が初めて見たのは20年近く前のことだったと思いますが、アメリカで開発されて流行し、日本に渡ってくるまでのタイムラグを考えると、水ロケット並みに古典的なおもちゃの部類に属すると思います。当初数千円していたのですが、この海賊版がこのごろずいぶん格安(\1000以下)で出回っているという情報を耳にしました。
以下に述べるようにダイナビーの構造はいたってシンプルで、ジャイロの作用がその動作原理であることはすぐに推察できます。その動作原理についてはYPCでも話題になったことがありましたが、まだだれも記事にしていないので、ここでまとめておこうと思い、筆を執りました。
【1】ダイナビーの構造
ダイナビーの構造は、写真1,2のとおりです。かなり重量のある球形の回転子が直径1mmほどの軸を出しています(写真3)。その回転軸はテフロンのスライダー(写真の白い円形の枠)に取り付けられ、スライダーごと上下の球殻の継ぎ目(赤道面)にある溝にはまり込んでいます。溝の幅には十分余裕があり、その中を軸が楽に移動できるようになっています。スライダーはその際に回転子と球殻がぶつからないようにするためのスペーサーの役割をはたします。たったこれだけの簡単な構造ですが、次節で述べる動作原理を理解すると、非常によく考えられてできていることがわかります。
写真1 写真2
写真3 (軸部拡大)
【2】ダイナビーの動作原理
ダイナビーで遊ぶには、必ず回転子に初期回転を与えなければなりません。いわば「誘い水」です。付属の紐を回転子に巻き付けておいて強く引くのが入門編ですが、コツを会得すると、回転子を机の上でこすったり指先ではじくように回すだけで、高速回転に発展させることができます。
ダイナビーの回転子の運動は剛体の回転運動の方程式
を通じて理解することができます。ここにLは回転子のスピンの角運動量ベクトル、Nは力のモーメントのベクトルです。
いま仮に、目の前に置かれた回転子が軸を左右水平にして回転しているものとし、右から見て回転が反時計まわりであるとすれば、角運動量ベクトルLの向きは右向きです。これを握った手から、軸の左を押し下げ、右を持ち上げようとするようなひねりを加えたとしますと、力のモーメントNの向きは手前向きになります。その結果、Lは水平面内で回転をはじめ、上から見て時計まわりに軸を回していくことになります。
このとき、ダイナビーを握っている手は、回転子の軸がするりと逃げていくような感触を得ます。ジャイロの効果によって、回転子の軸は押された方にではなく、力と直角な方向に移動していくからです。この逃げる軸を追うように、ダイナビーをつかんだ下向きの手を、手首を頂点にして円錐を描くような感じでタイミングを合わせて回転させると、軸の水平回転が持続すると共に、手に負荷を感じるようになります。
左の図は、上下の半球にはさまれた回転子の軸が、赤道面の溝に沿って運動するようすを表しています。破線の矢印は溝が軸を押す力、実線の矢印はそれにより軸が逃げる向きを表しています。
注目していただきたいのは溝と軸の接点の位置と軸の回転の向きの関係です。ジャイロの効果で軸が逃げようとすると、溝をこすって転がることになるのですが、このとき溝と軸の間の摩擦力は、両サイドとも回転を加速する向きにはたらくのです。この加速は回転子が回転しているからこそ起こるもので、実に巧みなしくみと言わなければなりません。
【3】遊び方とチューンナップのコツ
上記のようなしくみを知れば、ダイナビーを効率よく回転させるための合理的なコツも見えてきます。はじめのうち回転が緩やかな時は、ダイナビーをつかんだ下向きの手を、手首を頂点にして円錐を描くような感じで、逃げる軸を追うように、ゆっくりとタイミングを合わせて回転させます。手首はなるべく動かさないようにし、指先だけを回します。茶せんで抹茶をかき混ぜているような手つきをイメージするとよいでしょう。
ダイナビーからの反作用を手で感じ取りながら、軸の水平回転にうまくタイミングを合わせるのが最大のポイントです。やみくもに手を動かせばよいというものではありません。スライダーが溝とこすれ合う時の摩擦音も、同期のための手掛かりになります。
回転が速くなってくると手首中心の円錐回転では追い付かなくなってくるので、往復のスナップ運動に切り替えます。一往復がスライダーの一周にあたります。円周に沿ってまんべんなく加速するのではなく、二箇所で待ち受けて集中的に加速するわけです。このころにはブンブンうなる音が聞こえ、手首が感じる負荷もかなり大きくなってきます。負荷は往復ともにかかるので、リストを鍛えるトレーニングとしても有効です。
長く使用しているうちにスライダーの滑りが悪くなってうまく回転しなくなることがあります。ダイナビーは基本的には分解できないので、それが一応の寿命なのですが、赤道部の接着をうまくはずせればチューンナップも可能です。動きが悪くなるのは、スライダーと溝の摩擦のせいですが、溝に潤滑油を塗布したりしてはいけません。なぜなら、回転子の加速は溝と軸の摩擦によって行なわれるからです。汚れた溝とスライダーをアルコールなどで清浄にし、乾かせば十分です。
【YPCニュースNo.144(2000/03/03)掲載】 (PDF版672KB)