例会速報 2025/09/21 東京学芸大学付属高等学校・Zoomハイブリッド
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YPC例会のもようを写真構成で速報します。写真で紹介できない発表内容もありますので、詳しくは来月発行のYPCニュースで。例会ごとに更新します。過去の例会のアルバムはここ。
授業研究:ミクロな描像にこだわった熱力学授業 西村さんの発表
現在の高校の熱力学は、物理基礎と4単位の物理に分かれており、マクロとミクロを行き来しながら学ぶ流れになっている(左図)。西村さんは昨年度まで、「西村塁太:
物理教育通信194(2023)56-63」 で報告しているように、マクロ→ミクロの順で熱力学を教えることにこだわって授業を行なっていた。ある日の別の研究会で、参加者から「ミクロな描像がイメージできないと熱力学は理解できないのでは?」という指摘をもらったことと、「新田英雄:
物理教育72-4(2024)297-300」 で紹介されていた小出昭一郎『熱学』(東京大学出版会)1980. を基に、一貫してミクロな描像にこだわった熱力学授業を展開できないかと考えるようになり、今年度試行した。運動量と力積の直後に熱力学を扱っている利点も活かせるよう、そしてミクロな描像をできるだけ生徒がイメージできるよう、授業を計画・実践してみたという報告だった。
西村さんの教材の展開は、まず「熱力学第0法則(熱平衡)」から入り、早々に熱平衡と分子運動の関係に触れ、分子同士の衝突でエネルギーの受け渡しが行われる過程に力学的にアプローチする。熱運動の話のついでに熱膨張にも触れる。次いで熱伝導率と比熱を扱った直後に、気体分子運動論に突入していくという展開だ。
例会では、小出のテキストで示されている、気体ー固体の原子同士の弾性衝突から、温度と熱運動の激しさの関係が導かれるモデルの妥当性や、熱伝導率と比熱の理解を助けるミクロな描像にはどのようなものがあるか、そもそも高校物理で熱伝導率をどこまで取り上げるべきか、エネルギー等分配則や自由度の概念は高校生にどう伝えるべきか、伝えないべきか、など、議論は多岐にわたって盛り上がった。
西村さんは7時間分の授業実践の報告を用意していたが、議論が盛り上がりすぎて、3時間分で時間切れ。続きは次回以降で、となった。学習指導要領改訂の方向性もにらみ、いずれ、しっかり議論したい内容である。
放射線教育教材 植竹さんの発表
植竹さんが勤務する「日本アイソトープ協会」(JRIA)では、中学・高校の授業用の教材を開発・公開し、実験器具の貸し出しも行っている。いずれも無料で提供されている。
同協会では、研究者のキャリアパスとして「アイソトープ・放射線研究発表会」やオンライン企画での研究室訪問なども実施している。
例会では、学校貸し出し用の「放射線教育用実験セット」トが実演された。線源は133Baの密封線源(370 kBq)。放射線測定器はγ線をカウントする。カウント数の距離による変化(左図)や、遮蔽材による変化(右図)を測定する。
参加者も協力して早速その場で実験が始まった。鉛の遮蔽材の枚数を増やしていくと、枚数に応じて指数関数的に減っていくのがわかる。JRIA提供による実験の解説動画はこちら。放射線実験セット貸出の申込サイトはこちら。
エッシャーに魅せられて・リベンジ 古谷さんの発表
古谷さんは、「エッシャーに魅せられたこと」をテーマに8月例会で報告をした。その際照明器具の点灯方式に違いがあり、ストロボ効果の出現に差異があるとの指摘があった。ダイナミック点灯方式はパルス波に合わせて小刻みに点滅する。一方、スタティック点灯方式は常時LEDをONにした状態にする点灯方式である。調べてみて納得がいったという古谷さんは、「独楽でストロボ効果」を実現するために、室内の照明器具に左右されないよう、スイッチでダイナミック点灯とスタティック点灯の切り替えができる小型懐中電灯を購入した。
回転する独楽にこの懐中電灯の光を照射したところ、良い結果が得られた。例会当日、「独楽と懐中電灯」のセットが300円で提供され、数人の参加者が購入していた。「孫への土産」という人もいた。大いに「身近に不思議体験」をして頂きたいと、古谷さんは語った。
風船の逆止弁…と… 天野さんの発表
天野さんは、風船式ホバークラフト(気体潤滑滑走体)の逆止弁開発に情熱を注いでいる。先月の例会に続き、進捗状況の報告があった。ポーションやシュガーシロップの空き容器に空気ポンプの差し込み穴をあけたウレタンシートでふたをし、容器側面に小穴をあけておく(左図)。これを風船の口の部分にはめ込むと、風船のゴムが自転車タイヤの「虫ゴム」のはたらきをして逆止弁となる。
一方、空気の吹き出し口は、ペットボトルの首を切り取り、風船の先端を切って押し込んだ上から、穴あきキャップをかぶせて固定する(右図)。風船のゴムがパッキングとなって空気もれが防げる。これを両面テープでCDの中心に接着すればできあがり。
左の写真は完成した風船式CDホバークラフト。上の口から空気ポンプで空気を注入でき、下のキャップの穴から空気が吹き出す。従来のように空気を注入するために風船を取り外さなくてすむので実験がとてもスムーズだ。小さな子どもでも扱える。
マグデブルグの半球の方も先月に続き改めて紹介があった。ペットボトル用じょうごを2個用意し、一方にゴム手袋を切ってかぶせてパッキングにする。緑のふたには穴はあいていない(右図)。
もうひとつのじょうごには先月発表があった、サイズの異なるペットボトルキャップを二つ重ねて作った逆止弁(左図空色の部分)を取り付けておく。セリアの「食品圧縮用手動ポンプ」(110円)を押し付けるようにして排気すると(左図)、簡易マグデブルグ半球の完成。両手で引いてもなかなか外れない。
液晶TVを分解してみたら 山本の発表
古い液晶テレビがこわれたので、分解して材質ごとに分類し捨てることにした。その際、液晶表示部の構造が気になったので調べてみた。左の写真のように、黒く見える液晶板の背後に、3枚の不透明/半透明のシートと、冷陰極管光源の光を散らす導光板、最背面の白い反射シートがあり、計6層の構造になっている。このうち上から3枚目の半透明のシートは、白色光線を当てると、分光しながら2方向に屈折する(右図)。ただしこれは、表側(液晶パネル側)から光を当てた場合。
シートを裏返して、裏側から表に向かう光を面に垂直に当てると、光がさえぎられる。元来た方向に反射されているようだ(左図)。バックライトの光を透過させたいはずなのに、なぜこんな設計になっているのだろう。そもそも裏表非対称の光学特性はどんな構造によってもたらされるのだろうか。
顕微鏡で、ざらついている表側を観察してみると、水平方向の山型が0.05mmピッチ(1mmに20本)で規則正しく並んでいた(右図)。右側の正方形は同じ倍率で撮影した対物マイクロメーターのメッシュ(0.1mm角)。格子定数が大きいので回折格子ではありえない。どうやら三角プリズムのようだ。頂角90°の三角プリズムだとすると、このような光学的性質は説明がつく。「液晶、プリズム」などと検索していくと、クラレの解説サイトがヒットした。このサイトの図の同社の新製品紹介の左側に示されている「従来品の構成」にこの古いディスプレイは該当するようだ。「プリズムシート」と呼ぶらしい。フレネルレンズやレンチキュラーシートの仲間だろう。
このプリズムシートの働きを見るために、ダイソーの「トレースボード」(500円)(左図)をバックライトの導光板に見立てて、実験をしてみた。トレースボードの上に1枚目の散光板を置き、プリズムシートを正しい向きに右半分だけ重ねたのが右の写真である。正面から見ると明らかに右側が明るくなっている。散光した光を正面方向に集中させる働きをしているようだ。
同じ位置で、プリズムシートだけを裏返すと、垂直に透過する光はほとんどないことがわかる(左図)。つまり、導光板の光点は直接見えないようにしながら、すぐ下の散光板で散らした光を捕まえて正面に導くことで、一様な面光源を実現しているのだ。その上にもう一枚の散光板を重ねて最後に液晶パネルを乗せるとディスプレイが完成する(右図)。縦の筋は液晶板の不良箇所である。
山本の発表資料(PDFファイル:640KB)はここ。
公式のシミュレーター 中田さんの発表
中田さんは自信が代表をつとめる「オシロビジョン」という会社で、「学習を発見の旅に変える」「テクノロジーを活用し、好奇心を刺激する教育を実現する」をコンセプトに、教育用アプリの開発・販売を行っている。
中田さんらが開発した「TE-chat」は生徒が教わるのではなく、生徒がAIに説明することで自身の理解を深める学習支援アプリである。今回はその中の、公式の意味を実感するシミュレーション機能の紹介があった。
パラメータが多い高性能シミュレータではなく、あえて操作できるパラメータを制限することで、誰でもすぐにその公式と現象(アニメーション)の関係が直感的に理解できる。理解が進めば自由モードに移行できる。学習者は右側のチャット欄への記入を通じてAIと対話することで理解を確かめたり、ヒントを出してもらったりできる。
運用のしやすさも追求した。アプリは学習者にQRコードを配るだけで利用を開始できる。授業では、説明の中でのシミュレータとしてや、授業の最後にふりかえりや小テストとして使う用途などが考えられる。学習履歴は自動記録される。
多重表現の活用 右近さんの発表
物理は情報を伝えたり、学生が物理の概念を獲得することを助けるために多様な表現(Representations)を用いる。特に異なる表現を同時に提示するー多重表現(Multiple
Representations)ーことにより、より深い理解に到達することができる。通常、教員はあまり意識していないが、物理の教科書に出てくる数式はもちろんのこと、文章や図解、グラフなどの多様な表現から、生徒が必要な情報を読み取る作業は、想像以上に困難であることが指摘されている。
複数の表現を組み合わせて提示することにより、こうした困難が軽減される。例会では、そうしたいくつかの事例の紹介があった。下図は、右近さんが前任の大学で学生を対象に行った調査用の模擬教材の一部である。ポリヤの解法や、図や方程式から逆に問題を考えさせる「ジョパディ問題」も取り入れられている。
複数の表現を互いに相互変換させる作業も有効である(左図)。海外の教科書でもそのような問題が使われている。
右近さん提供の発表資料(PDFファイル:1.5MB)はここ。
今回右近さんが紹介してくれた内容は、最近日本物理教育学会の監修で出版された図書『物理教育の理論と実践: 「物理がわかる」を育むアプローチ』(オーム社)に詳しい解説があるのでぜひ参考にしてほしい(右図)。YPCメンバーも共著者に名を連ねている。
動画紹介「ハミダス」 市原さんの紹介
東京書籍のyoutubeチャンネルの中に、教科書からはみだした、「ハミダス」というシリーズがある。1年前から公開されているが、2千回再生程度と、どうやらあまり知られていないようだが、ピタゴラスイッチで有名なユーフラテスの作品で、映像の作り方はさすがにうまい。2025年現在7話分が公開されている。
もちろん、下の虫眼鏡の映像などは実際に実験してリアルで見せた方が良いのだが、それでも、生徒が復習がてら動画をながめると理解が深まることもあるだろう。教員の目で見ると「演示実験をどのように見せるか」のヒントを貰えるかもしれない。
DVD紹介 市原さんの書籍紹介
ハミダスと同じく、ユーフラテスがNIMS(物質・材料研究機構)とコラボして作った映像作品として「未来の科学者たちへ」がある。NIMSのyoutubeチャンネルで公開されているが、こちらは230万回再生されているものもある。ネットには19話分が公開されているが、そこから8話分を収録したDVDブックもある。30分にまとまっており、生徒の好奇心をくすぐるのに好適だ。
佐藤雅彦 著/ユーフラテス 製作「科学映像集・このスプーンは、結構うるさい」DVDブック(小学館)
無重力実験講座の紹介 西村さんによる生徒作品の紹介
西村さんは勤務校の有志による探究活動「無重力実験講座」の生徒が制作した活動紹介動画を見せてくれた。
動画は右のURLから視聴できる。https://youtu.be/D_RwG6_lhy0?si=mBLRR1SZM1yBQHWh
生徒が開発した落下カプセルを校舎三階から自由落下させる。その内部の実験器具の微小重力化でのふるまいをカメラで記録した。
落下が始まると毛細管現象はより著しく現れる。右は着地の衝撃で飛び散った色水。
クントの実験を微小重力化で行うのも珍しい試みだ。発泡スチロールの小球が作る壁が高くなる。まだ上下の区別があるということは、完全な0Gではないということか。
重さをはかりながら台はかりごと落下させる。針は大きくマイナス側に振れ、最後には台はかりが無残にこわれる様子も記録されている。落下実験器の開発チームはSSHの発表会にも出場した。開発費は20万円未満、ランニングコストは1回200円程度という。
宇宙線観測 青野さん・西村さんの発表
例会当日、探究活動のために登校していた高校生も飛び入り参加。老若男女、誰でも参加できるできるのがYPCだ。青野さんは探究活動で、宇宙線μ粒子の観測に関する実験を行っているそうである。校舎各階・各地点で、μ粒子の到来頻度を測定することで、校舎の構造や老朽化を調べることができるのではないか、というのが研究の仮説である。
下の写真は、合同会社加速キッチンからお借りしているμ粒子の検出装置「Cosmic Watch」で、2個重ねて使い、同時性を判定することでμ粒子の到来方向を知るとのこと。
測定の結果、校舎の中央2階での測定結果が、他の場所とは傾向が異なるようで、天井に何かあるのかも・・・?とのことで・・・
青野さんは「まだまだ再現性や統計的なデータ処理には課題が残っているので、探究をこれからも頑張って続けたい」と語っていた。また青野さんは、この探究活動に関連して、中高生で世界初となるJ-PARCでのミュオンビーム実験にも参加したそうで、今後の活躍が楽しみである。ぜひ頑張ってほしい。
万博でも物理 鈴木駿久さんの発表
オンライン参加の鈴木さんからは大阪・関西万博の見学報告。鈴木さんは大阪ヘルスケアパビリオンで、キリンが開発した「エレキソルト」という、塩味を感じるスプーンというものを体験した。キリンのエレキソルトのWebページはここ。
このスプーンは、スプーンの表面と裏面に正極と負極があり、電圧をかけて電流を流すことで、ナトリウムイオンを舌に集中させ、強く塩味を感じるようにするという商品である。
そこで鈴木さんは、電圧の値や、電圧をどのようにかけているかが気になり、キリンの担当者に質問した。約17Vの電圧をかけており、初めは-17Vにして、その後で一気に+17Vにすることで、一気に塩味を感じるような工夫がされていることを知った(左図)。
そして、実際に検証してみたくなった。ちょうどデジタルマルチメーターを万博に持参していたため、測定してみた(測定時の写真を撮り忘れていたので、以下の画像はイメージ)ところ、実際にキリンの担当者の説明の通りに電圧が変化することを確認することができた(右図)。
二次会 学芸大学駅前「野菜巻き串 薄田商店 学芸大学店」にて
16名が参加してカンパーイ!例会本体には対面で23名、オンラインで11名、計34名が参加し盛会となった。そして、例会参加者の半数以上が二次会にも参加している。今回の会場は、コロナ禍前の2019年5月以来6年ぶりである。ようやく、学校会場が安定して提供していただけるようになって大変うれしい。
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