愛知物理サークル

 愛知物理サークルは,自主的な物理教育の研究会で,今から30年くらい前に発足した物理の教師の集まりです。
 サークル発足当時は「物理はわからない,おもしろくない,くだらない」という生徒の声にどう応えるか,ということがテーマでした。この会は規約もなく,会費もいらないまったく自由な(つまりいい加減な)「組織」(?)なのです。何の拘束力もなく,自分が「勉強になり楽しい」と思えば顔を出す,いわば出入り自由の会です。年間5回の例会を学校を借りて休日に開いています。今まで参加した実人数は100名は優に越えていると思います。
 例会では,授業で困ったことや,実験の開発,科学論,時には生徒指導から趣味の話まで,1時から始まる例会が夜の7時ごろにまで及ぶこともあります。「行政」からの援助を受けず,手弁当の研究会で,本音で語り合える仲間の集団であるがゆえに,長期にわたって活動できたのだと思います。
 実験は手作りの誰でも真似のできるものが多く,明日の授業にすぐ使えるものが多いのも魅力でした。
 せっかくの休日をつぶしての例会に駆り立てるものは「子どもの喜ぶ顔」が見たいからです。生徒が授業で「オオー」と言ってくれれば様々な苦労は雲散霧消します。サークルで議論していて思わぬ発展,展開があり,それがまた楽しみなのです。一つの教材を15人の先生が見れば15通りの切り口が見つかり,発表者の意図を越えたものに光り輝き,それぞれの生徒のレベルに合わせた教材へと進化するのです。


「理科ノート」と自主編成運動

 1970年の愛知の県教研「理科教育実践交流誌」として「理科ノート」という雑誌を発行することになりました。県立,市立,私立の教職員組合からそれぞれ世話人を出し原稿を集め,編集,販売を行いました。この「理科ノート」によって実践の蓄積が可能となりました。この「理科ノート」は1971年7月に創刊号を出し1984年10月に第11号を発行しました(その後,中断)。
「理科ノート」は全県およそ1200人の理科教師の2/3にあたる800人に届けられ,その意義は大きかったと思います。
 この時期は,カリキュラム改定によって物理がT,Uに分割され「教えるに値する,学ぶに値する教材の中身は何か」が追及され,「投げ込み教材を武器に自主編成を」運動が活発になりました。すなわち,生徒に教える内容や教え方を「文部省」に決めてもらうのではなく,教師自身の手で作り上げようという運動でした。「断片的な教材,工夫は誰でも持っている」これを持ち寄って交流する場が,我々のサークルである,という考え方が共通認識になりました。このような立場から,我々のサークルは飛躍的に発展したのではないかと思います。
 (いきいき物理わくわく実験「投げ込み教材を武器に自主編成運動を」参照)


「いきいき物理わくわく実験」の出版

 長年,細々と活動していた物理サークルに転機が訪れました。1988年にそれまで蓄積を基に「いきいき物理わくわく実験」
(愛知・岐阜物理サークル編著)を出版しました。この本は今までの実験書にはない画期的(?)な本で,「この教材で生徒が喜ぶのか」,「面白くなければ物理ではない」という一貫した視点で書かれた本です。これは学校で授業を担当している人でなければ書けない本だと思います。出版当初は新聞・テレビなどのマスコミにも大きく取り上げられ,現在3万(?)部を越える販売部数だと聞いています。
 当初は称賛の声とともに,主として理科教育関係者から「面白ければいいのか」,「物理の系統性は?」などの批判が寄せられました。しかし,子ども達は正直です。これを使った授業は「一変」します。
 「生徒が喜ぶ」という中にこそ,今日の理科教育が抱えている様々な困難を克服する鍵が潜んでいるのです。そして,学ぶ喜びや楽しさを味わう事は,人間本来の姿を取り戻すことにつながる,と私達は考えています。このことは生徒も先生も同じです。
生徒が”いきいき”するためには,教師が”いきいき”することです。


海外交流

 本の出版を契機に,我々のサークルは国内,海外にその名が知られるようになり,柄にもなく外国との交流会や学会への参加案内・招待がくるようになりました。現在までに物理サークルとしてかかわった海外との交流は以下の通りです。

  1. 1986.8 物理教育国際会議 (東京・上智大学)
  2. 1989.6 米国物理教育学会AAPT (米国・カルフォルニア工科大学)
  3. 1989.8 第1回日中米物理教育会議 (米国・ハワイ)
  4. 1990.8 日中物理教育セミナー (中国・南京市・東南大学)
  5. 1991.8 第2回日中米物理教育会議 (冨士 裾野市)
  6. 1992.8 日本ハンガリー物理教師会議 (ハンガリー・ヤスベレニュ)
  7. 1993.8 第3回日中米物理教育会議 (中国・広州・肇慶市) 
  8. 1993.8 物理教育研究会 (中国・桂林市・広州師範大学)
  9. 1993.8 米国物理教育学会AAPT (米国・ボイズ州立大学)
  10. 1995.8 物理教育国際会議 (中国・南京市・東南大学)
  11. 1996.8 米国物理教育学会AAPT (米国・メリーランド大学)
  12. 1997.8 物理教師国際会議 (ハンガリー・ショプロン)
  13. 1998.8 東北アジア物理実験交流会 (中国・長春市・東北師範大学)
  14. 1999.8 物理教育国際会議 (中国・桂林市・広州師範大学)

 科学は,人と時と場所を超えて人々の心に働きかけることができます。私達の場合,「実験」という万国共通語が言葉の壁を乗り越えて国際交流を可能にしてきました。
 物理分野のみならず,各国の自然や歴史・文化を学ぶことができ,海外交流は貴重な体験でした。


最後に
 
 私達は,誰でも気楽に参加でき,何でもワイワイと自由に交流し,学びあい,研究できるサークルをとても大切にしています。また,私達のような自主的なサークルが全国各地で活発になり,お互いに交流できるようになったことは,私達にとっても心強い励ましです。
 さらに,学校の枠を超えて,親と子が一緒になって楽しむ科学イベントなどが全国各地で開催され,私達の本が活用されています。
 多くの人々が,芸術や文学を楽しむように,科学を心から楽しめる,「新しい”文化としての科学”」の創造に,私達の研究が少しでも役立てばと願っています。

 1999年8月に,8年の歳月と40数回の編集会議を経て,岐阜・三重物理サークルの仲間とともに「いきいき物理わくわく実験2」を出版しました。この本でも,私達の考え方は揺るぎ無いものとして編集方針に貫かれています。

                                                       
 2000年6月記