なんでも 理科室
NANDEMO RIKASHITSU


     人と植物とのかかわり

                         「新しい科学の教科書T」(文一総合出版)
                          のための準備原稿です。
                          最終的にはほとんど全面書き換えにしたので,
                          ここにおいておくことにします。


         
 人にとって,植物のない生活は考えられません。食料としての植物,観賞のための植物,
これだけではありません。衣類の中には,綿製品など,植物からつくったものがたくさんあ
ります。建物の多くの部分は木でできています。こうしてみると,植物は,衣・食・住に深く
かかわっていることがわかります。

1.農業の始まり
 1万年以上も前,私たち人類は狩猟や採集の生活を送っていました。ほかの動植物と同
じように,自然の一員として生態系の一部になっていたわけです。ある地域で生活できる人
の数はそこで採れる食料の量によって制限されていました。自然の中で,人は特別な存在
ではありませんでした。  
 人々は集団を作り,食料となる動物や植物を求めて移動する生活をしていました。狩猟・
採集生活といいます。これは,いつもうまくいくというわけではありません。食料が得られな
ければ,空腹で我慢しなくてはなりません。
 食料を貯蔵しておくことができれば,この問題の解決につながります。
それで,これまで採るだけだった食料獲得の方法に栽培するという方法が加わったわけです。
「農業」の始まりです。人が植物に対して積極的にかかわり,利用するようになったのです。

2.農業は特殊な状態
山や草原など,ある一定の地域を考えてみます。そこには様々な植物,動物,微生物がいま
す。植物は光合成によって栄養を作るので「生産者」と呼ばれています。動物は植物を食べ
ます。さらに,動物には食べる食べられるという関係もあります。それで,動物のことを「消費
者」と呼びます。枯れたり死んだりした動物や植物を土壌の成分にまで分解してくれる微生物
がいます。「分解者」といいます。生産者・消費者・分解者がそれぞれ互いに影響しあって独自
の環境をかたちづくっています。これらの生物の集団とそれらがつくる環境をまとめて「生態系」
といいます。
 生態系は種類も数もたくさんの生き物からできています。それらは,少しずつ違う環境にすみ
わけて生活し,その上で互いに影響しあっています。そこでは,ある1種類の生きものが多くな
るということはありません。生物同士のつながりが複雑なほど,安定した生態系になります。
 農業は,生態系のもとになる植物が「作物」という形で単純化されていること,その植物が成
長すると「収穫」という形で生態系から取り出されてしまうことから,1種類の生きものを多くした
特殊な生態系と考えることができます。
さきに「生物同士のつながりが複雑なほど,安定した生態系」であるということをみてきました。
そうしてみると,農業はきわめて不安定な生態系をつくることになります。不安定な生態系では,
ある1つの動物が突然数を増やすことがあります。植物にとってはよくないことが多いので私た
ちはこれを「害虫」と呼びます。安定した生態系なら食べる食べられるという「捕食」の関係がバ
ランスをとるはずのものが,ここでは大発生という事態になります。
それでも人は作物としての植物を育てたいという目的のために,害虫を殺すことを考えます。殺
虫剤です。大発生するのは虫だけではありません。植物でも同様です。作物以外の植物が畑に
育っては困ります。これを簡単に取り除くために除草剤を作りました。
人は食料を安定して得たいという目的で植物を採集から栽培に変えてきました。自然の生態系
ではなくなったもののとくに「農業生態系」と呼ばれるものをつくってきました。そこに殺虫剤や除
草剤が入り始め,さらに栽培方法の変化から農業生態系のなかでさえも,単純化がますます進
んでいます。

3.イネのもとは野草
 農作物の例として,イネを取り上げてみます。コメとういと,食べられるようになった状態です。
根や葉がついている「植物」の状態のものはイネと呼んでいます。
 日本にはもともと野生のイネというのは存在していませんでした。もともとは熱帯地方の植物
です。食料になる植物だったので,人々によって熱帯以外の地方にも運ばれました。陸を伝わ
ったり,島々をたどったりして縄文から弥生の時代に日本に入ってきました。
 熱帯の植物ですから,気温の高いところでなければ育ちません。でも,なかには新しい地方の
気候に耐えるイネもありました。寒さに弱いイネは枯れてしまい,強いイネだけが残ります。その
稲ばかりを集めて育てると,気温が低くても育つ新しいイネができてきました。新しい品種を選び
出す工夫をしたのです。
 新しい品種を選び出す技術が進んでくると,人にとって都合のよい性質のイネを作ることができ
るようになりました。おいしくて,たくさん収穫できるイネ,寒さや病気に強いイネなど「品種改良」
が進んできました。
 私たちが普段食べている農作物は,もとは野生の植物だったと考えると,どれもこうした遺伝子
選択の歴史が見えてきます。

4.環境を変える
 植物には,それぞれ成長に適した環境があります。植物の成長の仕組みを知ると,人の都合
のよいように育てることができます。1年中トマトを食べることができたり,夏にミカンが店先に並
んだりするのも植物の成長の仕組みを利用しています。
気温が上がると花が咲いたり実をつけたりするトマトやミカンは,温室で栽培することで収穫の
季節をコントロールできるようになりました。
 キクは,日の長さ(実際は夜の長さ)で花の咲く時季が決まります。日が短くなる頃,電気をつ
けて季節をずらしています。「電照菊」とよばれる栽培方法です。
温度や水,光を管理することで,人にとって便利なように植物を育ててきました。最近では土を
使わない栽培方法も一般的になってきています。小型の野菜やイチゴなどは土を使わずに栽培
できるため,肥料や温度の調節ができ,人にとってはますます便利になっています。
「環境をかえる」ことで人と植物の新しい関係ができたわけです。しかし,環境を変えるためにと
ても多くのエネルギーが消費されているという事実を忘れてはいけません。たとえば,夏にミカン
を実らせるためには,前の年の秋から温室内は20℃以上に保たれています。 
 
5. 森林と人
 人の活動に,森林はなくてはならないものです。燃料として,建築材として,人の歴史とともに
森林はありました。森林があるところには,よい土ができます。木の葉が落ちそれが微生物の
働きを受けながら肥沃な土壌を作っていきます。そこはまた,水をよく保つので,水源としても
重要です。
 世界の四大文明の地も,河川と森林のたまものとして生まれました。
 ところが,森林を切り開き住居をつくり農地にしていくと一時豊かな生活ができるのですが,
森林が荒れてしまうと水不足や洪水,それに伴う土砂の流出がおこり荒地になってしまいます。
 森林が育てた文明は,森林が荒れてしまうことにより衰えてしまいました。
 日本も古くから森林を使い文化を築いてきました。静岡県の登呂遺跡では稲作と木を使った
道具の様子を見ることができます。法隆寺や東大寺を見ると,大きな木がたくさん使われてい
るのに驚きます。
 2000年以上の間,日本ではさまざまなところで森林を使ってきました。建築物を作るための
材料。日常生活の燃料。鉱物の精錬や塩田での燃料。現代の私たちの身の回りでも,住宅か
ら家具,箸まで実にたくさんの木が使われています。
 これだけ木材を多量に長期間使ってきても,四大文明の地と違い,日本の森林は消えてしま
うことはありませんでした。これは,日本が水に恵まれた国だからです。エジプトの年間降水量
は20ミリほどなのに対し,日本は1800ミリもあります。人と植物とのつながりを考えるとき,降
水量や気温といった気候の問題はとても重要になります。
  
6.森林は二酸化炭素を貯蔵する
「地球温暖化」という言葉はだれもが知っているようになりました。二酸化炭素がその大きな
原因ではないかといわれていることもよく知られています。では,森林と二酸化炭素との関係
についてはどうでしょう。
 地球全体の森林の植物量は1兆6500億トンです。炭素にすると,8200億トンになります。空
気中の二酸化炭素に含まれている炭素は7200億トンになりますから,森林の持つ炭素の量は
とても多いことがわかります。草に固定された二酸化炭素は,葉1年ごとに枯れてまた空気中
に戻っていきます。木に固定されたものは,幹や根になって蓄えられます。

7. 「多様性」という視点
 手入れがされたすぎの森林は,きれいです。しかし,見た目の美しさとは別の問題が足元に
隠されています。
 日本の多くの地域の自然のままの山は,シイやクスノキなどの照葉樹です。足元は柔らかな
腐葉土が被い,その中には人の片足ほどの面積の中に数万匹もの生物が暮らしています。こ
れが,スギやヒノキなど林業のために植林した山では,数千匹に減ってしまいます。
 先の農業にしても,林業にしても,生物の多様性をおさえ,単純化した上に成り立っています。
人間の生活と植物本来の生活とは相いれないものがあるのかもしれません。しかし,植物は私
たちが生活していくうえで,その形態が農業であるか自然であるかにかかわらず,なくてはなら
ない存在であることは確かです。私たちが植物のことをよく知ることが私たちの生活のためにも,
自然のためにも大切です。

8.さまざまな問題
(1)無農薬・有機栽培が話題になっています。しかし,決して効率のよいものではありません。
限られた耕地でたくさんの人の食料を生産しなくてはなりません。このようなとき,農薬や化学
肥料の使用をどのように考えたらよいのでしょう。
(2)1年中新鮮な野菜を食べることができるのは,健康のためにもありがたいことです。夏のミ
カンや冬のイチゴもおいしく食べています。農家にとっては収益の上がる作物です。しかし,そ
れらの生産のために使う石油のことを考えると心配になってきます。
(3)京都・清水寺の「舞台」は,あと700年はもつそうです。その再建のために,すでに木を植え
て準備をしているそうです。植物,特に森林を考えていくときには長い時間の流れの中で考え
ていかなければなりません。
 


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