GPSを理科授業で利用する(1)

GPSとは何か〜カーナビのしくみ

山本明利(神奈川・湘南台高等学校/横浜物理サークル)

 カーナビが比較的手ごろな価格になって普及し始めています。ご承知のようにカーナビはCar Navigation System の略で車両航法システムを意味します。道路を走行する車両内で、走行中の位置や周辺の地図情報を自動的に表示して走行を助ける装置というわけです。
 カーナビが急速に普及し始めたのは、もちろん価格が手の届くところまで下がってきたからですが、その背景には1990年代に入って人工衛星を用いたGPSという測位(位置を測定すること)の方法が一般にも利用できるようになったという事情があります。
 放送衛星などと同様、最新の宇宙科学技術の恩恵を安価な民生装置で享受できるようになったということ自体すばらしい理科教材ですが、このすぐれた装置をもっと積極的に理科の授業に活用する方法を模索してみたいと思います。
 まず、今回はGPSやカーナビのしくみを知るところから始めましょう。

●GPSとは何か

 GPSは Global Positioning Systemの略で日本語では「全地球測位システム」などと訳します。人工衛星を使った宇宙規模の無線航法システムで、アメリカ国防総省が管理運営しています。1973年に計画・開発が開始され、順次衛星数を増やして、1993年から24機体制で正式運用に入りました。国防総省の管理ということでおわかりのように本来は軍用のシステムで、湾岸戦争の作戦行動でも活用されたことは有名です。この技術の一部が民間にも公開されて、測量やカーナビにも利用できるようになったわけです。
 24機のGPS衛星は、地球の赤道面に対して55度傾いた6枚の軌道面上にそれぞれ4機ずつ配置されていて、いずれも地上約20000km(地球中心から約26500km)の高度を1周約11時間58分(0.5恒星日)で周回しています。日本付近では、上空の視界さえ開けていれば、平均して6機前後のGPS衛星がいつでも見えているという配置になります。

●GPS測位の原理

 各GPS衛星は、互いに同期した高精度の原子時計を登載していて、時々刻々、軌道上の自分の位置を正確な時刻と共に発信しています。地上からの観測によって軌道要素は2時間ごとに更新されており、衛星の空間位置は約10m以内の誤差で決定されています。発信されるデータには、他のすべての衛星の軌道情報や種々の補正用データなども含まれています。
 この電波の発信時刻と観測者がそれを受信した時刻との差が、電波が衛星から観測者まで到達するのにかかった時間です。電波の速さ(光速)は正確にわかっていますから、掛け算をすると衛星までの距離が出ます。
 衛星の位置を既知とすると、観測者の3次元座標x,y,zを決定するためには3機の衛星を捕捉すればよいわけです。しかし、実際には観測者は正確な原子時計など持っていませんから、時計の誤差Δtも未知数ですので、結局4つの未知数を含む方程式を解くために4機の衛星電波を同時に受信しなければならないということになります。



 難しい話はこのくらいにしますが、こうした計算はカーナビなどGPS受信機に内蔵されたコンピュータが瞬時にやってのけますから、ユーザーは何も意識する必要はありません。ただ、時刻や送信周波数には一般相対性理論に基づく重力補正が行なわれ、距離計算では地球大気による電波の遅延まで考慮して補正するという最高の科学が惜しげもなく民間に公開されているということは知っておいてください。
 なお、衛星位置の誤差は10mの程度ですが、GPS測量では特別な処理により位置精度1cmを達成することができます。GPSは大陸移動や地殻変動などの調査にも利用され成果をあげています。

●カーナビのしくみ

 カーナビはGPSによる測位と、数値地図を組み合わせたシステムです。数値地図というのは文字どおり、地図上の点や線の位置をすべて座標の数値データで表現した地図情報のことで、コンピュータ処理により任意の地域の地図を任意の縮尺ですばやく画面に表示することができます。
 前述の方法でGPSから得た自分の位置を中心に地図を描けば、いちいち地図を広げたり、目標物を探したりしなくても、常に地図上に自分の位置を見出すことができます。さらに、目標地点を指定すれば、現在位置からそこまでの経路をコンピュータが自動的に判断し、音声や画面で逐次道案内する機能までついています。いわゆる方向音痴のドライバーにはこの上ない福音と言うべきでしょう。
 市販のカーナビは多種出回っていますが、その多くは写真左のように数値地図のデータをおさめたCD-ROMとそのドライブ装置(計算処理部を含む)、液晶ディスプレイ、受信アンテナからなります。



 GPSの受信アンテナは写真右のようにたいへん小さなもので、自動車の屋根の上などにとりつけます。こんな小さなアンテナですむのは、衛星が発信している電波が強いからにほかなりません。同じ電波を世界中の車が、船が、飛行機が、はては人工衛星までもが利用しているのです。
 カーナビでは高い精度は必要ありませんから、GPSが提供する最も単純でラフなサービスを利用しています。地図上に表示される車の位置の誤差は30〜100mといったところです。谷間の道や、ビル街など上空視界の狭いところでは十分な数の衛星が捕捉できず、精度が極端に落ちることがあります。もちろん地下道やトンネルの中などでは衛星の電波は受信できませんからカーナビは機能しません。
 なお、受信されたGPSデータは数値地図に表示するために直ちに緯度、経度、高度の測地座標に変換されています。このため多くのカーナビには、必要に応じて自分の位置を緯度、経度で表示する機能があります。現在位置の緯度、経度が秒の精度で正確に測定できるわけです。ちなみに緯度1秒に相当する地表距離は約30mです。

●理科教育でのGPS利用の可能性

 カーナビは文字どおり自動車専用のGPS受信機で自動車に取り付けて使用することを前提としていますから、持ち運びには不便です。当然、車で移動しながら利用することになります。また測量用のGPS受信機もかなり大型で高価な物ですから一般の授業には使えそうもありません。
 しかし、最近になって、小型のGPS受信機(ポケットナビゲーター)が出回ってきました。例えば中村理科工業(株)のカタログに載っているGPS38Jという製品は幅5cm、長さ16cm、質量265gというコンパクトさです。くわしい地図こそ表示されませんが、現在位置の緯度、経度、高度がほぼ瞬時に測定できます。任意の2点間の距離も計算してくれます。こういうものが数万円という手ごろな価格で手に入るようになったということは画期的なことで、授業での利用を考えたくなります。
 小学校では、町の地図作りに利用してみてはいかがでしょう。座標の概念の導入にも役立ちそうです。中学・高校でも地理や地学の野外調査には欠かせないアイテムになりそうです。もちろん登山の安全対策にも役に立ちます。
 ポケットナビゲーターを使えば船の上のような目標のない場所でも位置の測定ができます。修学旅行で船に乗ったらその航路や速度を測定してみてはいかがでしょう。川を渡る渡し船の上で速度の合成の実験が(机上の演習だけでなく)実際にできるかもしれません。
 トランシットや巻き尺を使わなくても、また地図を持たなくても現在位置や距離が手軽に正確に測定できるというGPS受信機の登場は新しい実習・実験の可能性を開いてくれます。
 筆者はカーナビを使って地球の大きさを測るという実験にチャレンジしました。次号でそのくわしいご報告をしたいと思います。

【参考文献】
新訂版・やさしいGPS測量 土屋淳、辻宏道著(社団法人日本測量協会)
YPCニュースNo.122(98/05/16)「カーナビで地球の大きさを測る」


理科教室No.523 1998年11月号(新星出版)掲載


関連記事:「GPSを理科授業で利用する(2)」へ

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