サイレントブラスの構造

                                            神奈川県立湘南台高等学校
                       横浜物理サークル 山本明利

 サイレントブラスはヤマハが昨秋から発売している金管用の演奏補助用具であ
る。トランペットなどの金管楽器に取り付けて生音を消音すると共に、内部の音
を電気的にピックアップして加工することができる。楽器製造業界では画期的発
明ということで、4月13日夜NHK教育テレビでオンエアされた「サイエンス
アイ」や、5月20日付朝日新聞夕刊科学欄(別添資料)でも紹介された。その
システムは、「ピックアップミュート」というマイク付き弱音器と「パーソナル
スタジオ・ST7」という電子回路からなっている。本論では主に、物理的に興
味深いピックアップミュートの構造について報告し、まだ不明な点の多い消音の
原理について問題提起する。

「ピックアップミュート」の構造


 ピックアップミュートは分解できる構造ではないので、口のところから覗きこ
んで内部を観察しただけだが、概略下図のような構造だろうと推測される。
 ピックアップミュート本体はプラスチックでできていて、長さは200mm、直径
は最大70mm。内部は空洞で、非常に軽量(120g)なものである。下図でゴムパ
ッキンとある部分は軟質の合成ゴムでできていて、トランペットの朝顔の部分に
差し込まれて気密に接続する。
 図中Micと記した部分が音を拾うためのエレクトレットコンデンサーマイクで、
朝日新聞の記事も参考にすると音圧が一番低くなるところにとりつけてある。内
部で鳴っている音が大きすぎるので、むしろ感度を鈍くするのに工夫が凝らして
あるとのことである。マイクで拾った信号はミュートの一番太くなるあたりのミ
ニジャックに出力され、接続コードを経て「パーソナルスタジオ・ST7」へと
導かれる。


謎に包まれた消音の原理


 従来のミュート(弱音器)は単純に管の口をふさぐことで音波が外部に放射さ
れないようにしていた。このため管の通気性が損なわれ、演奏者は唇に圧力を感
じ、息苦しさを覚えていた。そればかりか、本来唇の部分が閉端、朝顔部分が開
端の閉管として鳴っている管の共鳴特性も変化して音程が狂い、これを補償する
のに高度の演奏技巧を要したという。いずれにしても演奏者に歓迎されるもので
はなかった。
 これに対し、サイレントブラスのピックアップミュートは、演奏者側に吹奏感
の変化をほとんど感じさせることなく、音質もそのままに、放射されるエネルギ
ーだけを極端に減らすという消音を実現しているようである。このため、入門者
の家庭練習用としてはもちろん、プロの演奏者の間でも、電子楽器と組み合わせ
た特殊効果など、新しい演奏形態への可能性を開くものとして注目されているの
である。
 ピックアップミュートの構造の特長は、先端の逆朝顔構造にある。基本的な原
理は「ラッパの向かい合わせ」だろうと推測される。一番太くなったあたりの内
部では普通のトランペットと同じように音が鳴っているらしい。しかし、それが
表に漏れてこないところが不思議なところだ。逆朝顔部分への接続部(図中S)
には「スリット」と呼んでいる隙間があって、ここから息が抜ける。図ではこの
接続部を2重構造に描いてあるが、覗いてみても光が漏れてこないので、少なく
とも3重構造にはなっていると思われる。この部分はサイレンサーを兼ねている
ようである。逆朝顔の先端部は完全に塞がっている。
 本来、金管の朝顔構造には、共鳴管内部の気柱と外部の開放空気との接続部に
おける音響インピーダンスの不整合を緩和する働きがある。これにより外部への
エネルギーの放射率を上げているのである。この構造を逆接続することで、管口
の定常波の腹の位置は変えずに、自然に音を小さくするというのが基本原理だと
思われる。
 ピックアップミュートの構造で最重要のポイントは、図中Pで示した内部の突
起である。この突起の働きがいまだに詳しくはわからないのだが、この構造によ
って音程がずれなくなって画期的な発明となったという。逆朝顔管のままでは長
くて不便だし、短く切断すると音程が変わってしまうので、試しに逆向きに折り
返したような構造にしたらうまく行ったと開発者は述べるのだが・・・。実はこ
のへんが物理的に一番興味深い部分なのだが、真相はいまもって謎に包まれてい
る。

パーソナルスタジオ・ST7


 次にアンプ&リバーブシステムの「パーソナルスタジオ・ST7」の構造であ
る。以下は、分解して観察した基板上の配置から、全くの推測で描いたST7の
ブロックダイヤグラムである。内部には東芝とヤマハのLSIが1個ずつ実装さ
れているだけで、その働きは推測の域を出ないが、多分ヤマハの石がリバーブ処
理をする部分で、東芝の石はその他のアンプ系ではなかろうかと思う(全然見当
違いの可能性もあるが・・・)。電源は内蔵の単4電池6本またはACアダプタ
ーの外部電源である。
 ピックアップミュートは二つまで接続できるので、二人の奏者でサイレントア
ンサンブルができる。もちろんヘッドホン出力も二つ。リバーブの種類はリハー
サルルーム、コンサートホール、チャーチの3種類。実際に聞いてみると、リバ
ーブによって作られた残響は本当に臨場感あふれるものである。あらためて、現
代の電子技術のすばらしさに感心した。


 外部入力からはCDの音などを流し込むことができる。ご丁寧にヤマハでは「
マイナスワンCD」というものを販売している。オーケストラからトランペット
の音だけを除いたトランペット用カラオケCDである。これをかけながら演奏す
ればオーケストラをバックにトランペットソロが吹けるわけだ。近所迷惑になら
ず自分だけがこっそり陶酔できるという究極の秘密兵器である。
まとめにかえて

 私は今ほど楽器が演奏できないことを口惜しく思ったことはない。自分でトラ
ンペットを吹いて、実際に実験をしながらピックアップミュートの原理を解明で
きたらと思うのだが、それがかなわないからである。原理が十分解明できていな
いのに、本誌に発表することは大いにためらわれたが、これを問題提起として読
者諸氏の協力により研究が進めばと思い、あえて筆を執った次第である。この話
題は気柱共鳴と管楽器の原理に深くかかわっていて、教材としても注目に値する
と信じるからである。

 本論をまとめるにあたり、トランペット奏者の曽我部清典氏より数々の貴重な
コメントをいただき、氏の所有するサイレントブラスを観察させていただいた。
氏をはじめ、議論を盛り上げていただいたYPC(横浜物理サークル)ならびに
NIFTY-Serve教育実践フォーラム(FKYOIKUS)【理科の部屋】の皆さんに感謝する。

【参考文献】
サイレントブラスシステム・カタログ ヤマハ
「トランペットの音量落とす装置」 朝日新聞1996年5月20日夕刊
「新版・楽器の音響学」 安藤由典 音楽之友社
YPC(横浜物理サークル)ニュースNo.98,99


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