例会速報 2025/03/09 千葉県立松戸高等学校・Zoomハイブリッド
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YPC例会のもようを写真構成で速報します。写真で紹介できない発表内容もありますので、詳しくは来月発行のYPCニュースで。例会ごとに更新します。過去の例会のアルバムはここ。
大型熱気球の浮揚 越さんの発表
越さんはかつて文化祭で作成した大型熱気球の浮揚実験を物理の授業でも行っていた。今回の会場は越さんの勤務校なので、久しぶりにYPC例会の参加者で協力して浮揚させた。生地はパラグライダーなどに用いる補強したポリエステル。畳んであった熱気球を広げ(写真左)、一旦中に2、3人入り内側から膨らんだ状態を保つ(写真右)。
下端の開口部を波打つように上下させ、中に空気を送り込む。1/3程膨らんだら、プロパンガスボンベに接続したアスファルト成形用バーナーを(写真左)で中の空気を加熱する(写真右)。気球の容積は300m3、中の空気の質量は常温で360kg、加熱後(80〜90℃)は300kgとなる。
動画ファイル(movファイル:3.0MB)はここ。
その結果、気球本体の重さ100Nに対し、浮力約600Nで、重さ500N(約50kgw)くらいの軽い人を持ち上げる事ができる。また、質量300kgの空気塊が勢いよく上昇中(加速度運動中)は、重さ600Nくらいの人も少し持ち上がってしまうほど本格的な熱気球だ。ロープを持っていた人は、空気塊の慣性を実感できた事だろう。ロープの端はハンドボールのゴールにしっかり結びつけてあった。当日は風が少しあり、あまり高く揚げる事はできなかった(約20m)が、参加者からは歓声が上がり、近所の人も見物に来て大いに盛り上がった。
第1回浮揚の動画(movファイル:23.8MB)はここ。第2回浮揚の動画(movファイル:47.3MB)はここ。
授業研究:AIアプリを使った実験準備 植田さんの発表
当初の予定では「タブレットアプリを使った生徒実験」と「AIアプリを使った実験準備」という2つのワークショップを行う予定だったが、気球を上げるのに時間がかかったため後者のみとした。この発表で植田さんは、教員の多忙化、特に理科実験の準備にかかる負担を軽減することを目的として、試作したAIアプリの可能性を実際に体験してもらい、参加者からのフィードバックを得ることを目指した。
植田さんは、実験準備を支援する以下の3つの試作AIアプリを紹介する予定だったが時間の制限から、1つめのアプリに絞って体験ワークショップを行った。
当日配布のワークショップ資料(PDFファイル:371KB)はここ。
1. 実施実験ていあんくん:
実験室の備品リスト、小単元、準備にかけられる時間(5分〜2日)、教員の実験熟練度(低中高)を入力することで、実施に適している実験を提案するAIアプリ。これにより、授業者の能力・状況に応じた実験の準備を、迅速に開始できるようになる。
参加者は4人ずつの班に分かれ、これらのアプリの操作を体験し、班ごとに課題について議論した。ワークショップ後にはアンケートが実施され、多くの貴重な意見や要望が寄せられた。主なフィードバックは以下の通り。
◎改善要望
・ユーザーインターフェース::対話機能があると、より良い実験提案につながる。通常の検索では見つけにくい実験情報を探すことができると良い。備品リストをチェックボックスで選択できるようにしてほしい。AIが提案する実験の根拠となる情報源(参考文献など)を明示されていると良い。
・機能::実験プリント、ワークシート、説明用スライド、実験のイメージ図、教師用資料(準備手順、準備の所要時間、授業時の指導手順、所要時間、注意事項など)を作成してほしい。図や動画などの視覚的に分かりやすい情報を提供してほしい。
・AIの精度::実験テーマに合致しない提案がある。実験に関するより専門的な知識に基づいた提案がほしい。
・連携::普及している生成AIサービス(ChatGPTなど)と連携できると良い。
◎課題点・懸念点
・AIアプリの提案の信頼性や、事故発生時の責任の所在に関する懸念。
・現状は、ChatGPTなどの既存サービスに対する優位性が見出しにくい。
・アプリの操作に不慣れな教員は、選択式の操作であっても活用することが難しい。
◎活用提案
・探究活動の時間に、実験室の備品リストを元に生徒が実験のアイデア出しや準備に活用できるのではないか(教員が個別に対応することは時間的に難しいため)。
・ベテラン教員にとっては、新たな実験のアイデアを得るための支援ツールとしての活用が考えられる。
植田さんが用意した他のアプリは以下の通り。今回は割愛したが合わせて議論した。これらについては「安全対策に関するアプリは、若手教員にとって特に有益」との意見が参加者からあった。
2. 安全対策ていあんくん:
実験内容を入力することで、予備実験のための安全対策リストを提案する。これにより、授業者の予備実験に対する心理的負担を軽くする。
3. 安全指導ていあんくん:
実験内容を入力することで、生徒への安全指導のためのチェックリストを提案する。これにより、授業者の実験授業に対する心理的負担を軽くする。
◎議論されたポイント
・AIアプリは、実験経験の少ない教員を主な対象とすべきか、それとも全ての教員を対象とすべきか。
・AIが一般的な知識だけでなく、理科実験に特化したデータベース(事故記録を含む)にアクセスできるようにする必要があるのではないか。
・アプリの精度は、教員がAIに知識を教えることで向上するのではないか。
植田さんはワークショップを終えて、次のように語った。「みなさまからのフィードバックをバネにして、実験授業の負担をAIによって軽減する方法をご提案していきたいと思います。進捗にご興味のある方は、植田(tatsuro.ueda@feel-physics.jp)までご連絡ください。貴重なご意見やご提案を賜り、誠にありがとうございました。」
銅板の抵抗 喜多さんの発表
NHKのビデオコンテンツ【半導体の電気抵抗】では半導体としてシリコンウェーハを取り上げ、それと同サイズの導体として銅板を、不導体としてプラスチックを取り上げて、実験で比較している。映像では試料の両端をガチャックのクリップ(ガチャ玉)ではさみ、それを介してデジタルテスターで抵抗値を測定している。半導体に関しては、熱したり光を当てたりすることで抵抗値が小さくなることを取り上げていて満足な内容になっている。
ただ、はじめのほうでの銅板の抵抗値が「0.4Ω」になっていること(左図)はいただけない。このサイズの銅板ならば、抵抗値は10の-4 ~-5乗のオーダーになるはずだ。テスターの表示は0.1Ωまでなので、測定したら表示は「0.0Ω」になるはずである。喜多さんはここが気になって追実験をした。クリップを介すると約0.2Ωになる(右図)。
しかしクリップを介さなければ(銅板に直接プローブを触れれば)表示は「0.0Ω」となった(左図)。結論を言えばクリップと銅板の間の接触抵抗が関わっているということだ。そもそもクリップは不要だったのではなかろうか。
抵抗の値を電圧計と電流計の値から算出するときに、二通りの接続の仕方がある。抵抗値が大きい場合は左図左側の接続が、比較的小さい場合は左図右側の接続が推奨される。しかし、抵抗値が非常に小さい場合は、接触抵抗を無視できるようにするため4端子法(右図)が推奨される。(出典:岸澤眞一「接触抵抗について」物理教育通信No.183(2021)p44-49)
今回は、デジタルテスターで抵抗の両端の電圧を測るのだが、直流電圧分解能が0.1mVなので、銅板でこの値を得るためには電流値が少なくとも10A必要だということになる。高等学校にある通常の機器では測定することが難しいと思われる。
野球トスマシーンの紹介 天野さんの発表
「目指せホームラン!バッティングトスマシーン」
動画(movファイル:4.2MB)はここ。
動画(movファイル:3.3MB)はここ。
磁力線とはそもそも何か 鴇田さんの発表
速さと速度の指導の視点 西尾さんの発表
速さと速度は他科目ではほとんど区別しないので、なぜ物理ではそれを区別するかを定義の導入時に明示してはどうだろうか、というのが西尾さんの主張である。その際、「物体の運動を正確に表すため」や「速度の合成や相対速度(とくに2次元)の理解に必要だから」に留めず、力学の主目標である「加速度の定義、ひいては力と運動の関係の理解に必要だから」を強調したい。なお、発表冒頭で参加者にアンケートをとったところ、なんと7割以上の人がすでに定義の導入時に区別の理由を説明をしていた。さすがはYPC参加者である。*
速さの定義の導入では、「公式やはじきの図の暗記学習への警鐘」や「公式と単位の関係の確認」がよく行われると思うが、「1あたり量の理解確認」も行いたい。西尾さんは、その際に出している課題「速さは、なぜ移動距離を時間で割って求めるのか?」と、それに対する過去の高校生の解答状況を紹介した。
余裕があれば、他科目で出てくる「〇〇の速さ・速度」にも言及して、時間的変化率という共通性に触れるとよいだろう。西尾さんの勤務先の薬学部では「点滴速度」や「反応速度」という用語が登場する。「単位時間あたりの」という概念の理解が大切だ。
西尾さんは大学の授業では、速さ・速度の単位の分母には必ず時間の単位が入っていることに言及してまとめとしている。
なお、西尾さんの発表中「平均の速度」について、学習者が往復移動の際の「平均の速さ」と混乱する例に触れたところでは、市原さんが2014年8月例会の発表を紹介してくれた。「平均の速さ」と「平均の速度」は別ものだということだ。
準備室施錠チェッカーの製作 鈴木駿久さんの発表
鈴木さんの勤務校の理科準備室には3名の教員が在室しているが、3人とも不在になるときは施錠している。そのため、授業から戻ったときや職員室から戻ると鍵が閉まっていることがある。鍵が閉まっているかどうかはドアノブに手をかけて扉を押してみないと分からず、毎日の小さなストレスとなっていた。そこで、鈴木さんは理科室が施錠されている時にLEDが点灯する装置を製作することでこの問題を解決した。
鍵をかけると突き出る部分(デッドボルトと呼ぶらしい)を受ける壁の穴ににタクトスイッチを埋め込んだだけのシンプルな構造になっている。LED・抵抗・電源・スイッチの簡単な回路のため、物理で学習する電気回路の実用的な利用例として授業で紹介するのも良さそうだ。
高校化学の熱分野を(少し)教えて 斎藤さんの発表
高校化学の熱の分野を部分的に担当する機会があったという斎藤さん。2023年の学習指導要領から、教科書ではエンタルピー、エントロピー、そしてギブズエネルギー変化の式まで紹介されており、高校物理では習わない量がたくさん登場する。実際に自ら教えたことで、変化の自発性を高校で取り扱う意義を実感する一方、物理の授業との間にあるギャップをどうしたものか考えてしまったという。そこで例会に集った百戦錬磨の諸氏に聞いてみた。
すると、「系と外界の区別に目が向いてよい。また、電池の学習において熱との関連を考えるのも有益だ」という意見が出た。さらに、高校物理としては今回の化学の改訂にどう対応すべきかを重ねて尋ねると、「物理の方では無理にエンタルピーなどを教えなくてよい。高校の化学ではエンタルピーをもっぱら反応や変化で出入りする熱量として使う。エンタルピーやエントロピーは状態量で、高校の熱力学の体系の中できちんと説明するには発展的すぎる。全体に向けてはそこまで踏み込まず、詳しくは大学で勉強するよ、でよいのではないか。」という回答を得た。残念ながらここでタイムアップとなったが、高校で学ぶサイエンスの全体の中で、熱力学をどのような視点でどの程度の深さまで扱うか。今回はひとまず整理がついたが、また折に触れて意見交換をしたいテーマである。このように教えているという実践報告も聞いてみたい。
無料ガレージセール 越さんの実験アイテム大放出
越さんは退職を前に、これまで授業で使ってきた科学おもちゃや手作り実験器具、かつてYPCで仕入れた実験器具などを大量放出した。参加者は皆それぞれに手提げ袋いっぱい持ち帰ったり、自家用車に段ボール箱ごと積んで行ったりした。段ボール箱を宅配便で送る人も。流石YPCのメンバーは実験に使えそうな物には貪欲である。それぞれの学校で生徒の為に役立てて貰えれば嬉しいと、越さんは思っている。
二次会 松戸駅前「鳥貴族」にて
12名が参加してカンパーイ!例会本体には対面で21名、オンラインで9名、計30名の参加があった。今回の会場は初めてで、千葉県内では2回目の開催となった。越さんの大気球実験やガレージセール(本人は「形見分け」と言っていた)の宣伝効果もあって、大勢の参加があり、大変盛り上がった。
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