例会速報 2023/05/14 筑波大附属高校・Zoomハイブリッド


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授業研究:熱と温度櫻井さんの発表 
 会場校の櫻井さんは、本年度の4月から、物理基礎の授業で実施した温度と熱に関する授業について報告した。会場が普段授業で使用している教室ということもあり、授業中に実施した実験の多くを実物で紹介してくれた。
 筑波大学附属高校では、5月中旬から実施される教育実習に力学分野のイントロを任せ、それ以外のところから授業を始める習わしがある(別に強制ではないが)。それを受け、櫻井さんは一昨年はエネルギーと人間生活のところから始めたが、今年は温度と熱から授業をスタートした。
 

 特徴的なところは、対象が力学的エネルギー未習の生徒であること、熱伝導率・熱伝達率を扱うこと、「伝熱だけでは説明できない現象」から、対流・放射を重めに導入することである。
 

 授業は「熱的現象を科学的に説明できる」ことを目的に掲げ、一貫して演示実験や生徒実験を行い、その現象を熱学的にどう説明できるかを考えていく形で進められている。
 「概ねうまく回った反面、改善が必要な点も多い。物理基礎のカリキュラムに引きずられて比熱容量・熱容量から始めたが、熱伝導率・熱伝達率の違いによる現象からの方がとっつきやすかったように思う」とは櫻井さんの弁。
 

 下の写真は、櫻井さんが演示している金属の熱膨張の実験。アルミパイプをダイナミックにポータブルガスコンロで熱する。パイプの伸びにしたがって下に挟んだ針金の指標が回転する。
 櫻井さんは、熱がエネルギーの移動形態であることの説明が、歴史的な観点でしか為されていないのも問題だと感じている。さらに小さな実験を増やして、それを認めざるを得ないような展開を作りたいと考えている。
 

コリジョンコース現象 西尾さんの発表 
 コリジョンコース現象とは、そのまま等速度で進めば衝突(collision)してしまうコースにいる自動車や飛行機が、錯覚によって衝突直前まで相手の存在に気づくことができず、衝突事故を起こしてしまう現象である。
 3月末にテレビで報道されたこの現象による交通事故のニュースでは、直角に交わる見通しのよい交差点で、2台の車が同じ速さかつ斜め45度の角度で進み続けた場合という「特別な条件」で起こる現象として説明されていた。この元ネタはJAFのサイトのようだが、そこには「たとえば」というただし書きがちゃんとある。おそらくこのただし書きが見落とされたまま孫引きされたのであろう。
 

 もちろん、正しくは右のベクトル図のように「相対速度ベクトルがまっすぐ自分に向かう向きになっていること」のみが衝突の条件であって、45度とか直角とか同じ速さなどという「特別な条件」は必要ない。観測者から見て視線に直角な速度成分がなければ相手は背景に対して静止しているように見えるので発見しにくいのである。
 

 
 コリジョンコース現象は相対速度のよい教材だが、必ずしもよく知られているわけではないようだ。数研の図録のデジタル教材(左図)などを利用して、ぜひ授業で積極的に扱い、合わせて「正しいソースをもとにしたものでも、一部が切り取られたり省略されたりすることによってミスリードされることがある」というメディアリテラシーの向上も図ってほしい。

薬学生向けリメディアル教育の悲しい現実 西尾さんの発表 
 某薬学予備校による 基礎物理のリメディアル教材は、ネットのワンポイント動画および小テストと、冊子の参考書で構成されている。その小テストと参考書の記述には、大小さまざまな問題点があるものが散見された。
 

 小テストについては、問題点を指摘するコメントをその予備校に送ったところ、誠実に対応してくれたのはよいのだが、その修正案にも首をかしげる部分があったという。
 参考書の記述で西尾さんが特に問題に感じたのは、定圧変化などの気体の状態変化における熱力学第一法則の解説で、「気体が外にする仕事」と「気体が外からされる仕事」の区別が曖昧で、図・式・文章が全体的に混乱していることだった。
 

 西尾さんによると、薬学における基礎物理教育は、非専門家によって行われていることが多く、その質にはかなり課題があるようだが、ひょっとすると薬学に限らないのかもしれない。
 

磁界のイメージ獲得 植田さんの発表 
 初参加の植田さんは理科学習アプリ開発会社・フィール・フィジックス代表である。自社で開発中のメタバース技術の教育利用について紹介してくれた。以下、植田さん自身の解説で。
 

 物理を理解するには、イメージを持つことが大切だと言われます。では、どのような事柄を示せば良いのでしょうか。磁力を視覚的に表現する方法として、ファラデーは磁力線を提案しました(1852)(左図)。実はこれは3次元の磁場のようすではなく、リンゴの断面図のようなものです。右下の図が実際の棒磁石の周りの磁場のようすです(写真では磁力線と磁石の位置がずれていますが、これは撮影の都合で、立体視する実際のイメージでは一致しています)。しかしこの磁力線は、本当に現実の磁場のようすを表しているのでしょうか?
 

 左下の図は鉄粉の様子(実写)とMR(複合現実)技術によって表現された磁場のようすを重ねたところです。ピタリと合います。つまりこれはただのハメ絵ではなく、現実の磁場のようすを表しています。なお、磁石を動かしても鉄粉は動きませんが、MR技術による磁場は追従します。右図は2つの棒磁石のN極とS極が引き合っている様子です(磁力線が途中で切れているのは、あえてそのような表現にしています)。学習者に磁場のイメージを獲得させるためには、砂鉄のような現実を直接反映した強いリアリティーを持つ教材が必要です。
 新しい技術を使って強いリアリティーを持つ教材を提示することは、可能であると私は考えています。
 

ドライヤーで熱気球 天野さんの発表 
 天野さんは今年4/24に川崎市麻生市民館で開催された「神奈川の理科教育を考える集い」で、ヘアドライヤーで薄手のポリ袋に熱風を送り込むだけで熱気球の実験ができることを示した。その際は500Wのドライヤーだったのであまりよく浮かなかったが、今回700Wにパワーアップしたところ、軽々と浮いた。700W以上のへドライヤーと、薄手の45Lポリ袋(生協の個配用ポリ袋もおすすめ)でお手軽熱気球実験を楽しもう。火を使わないので安全である。
 

実験の考察・課題 山田さんの発表 
 生徒実験を深い学びに結びつける試みに取り組んできた山田さんは、弦の定常波の生徒実験について報告してくれた。生徒の各班には、振動源とフォンクションジェネレータ、電子天秤を与えている。実験は糸の線密度を精密に求めることから着手する。
 実験に対する生徒の信頼感を高めるため、測定精度を上げることを意識している。計算した値と実験結果がぴったり一致することが生徒の科学への確信と学習意欲を高める。昔は振動数固定の記録タイマーを振動源として糸の長さだけを変えていたが、本実験では振動数が精密に変えられることが重要で、ファンクションジェネレータは必須である。
 

 英国のAレベルの物理の教程では弦定常波実験は必修とされ、重視されている。右の図はキングデイビッド高校のテキストの図であるが、山田さんの実験装置とほぼ同じセットである。英国のAレベル物理では誤差の見積もりまでしっかり考察させる。
 

 山田さんも、滑車から下に垂れ下がる部分の糸の長さが定常波に影響するかどうかや、電子天秤の分解能が測定の精度におよぼす影響を生徒に考察させた。生徒のレポートには桁外れの値を平気で考察に書いてくる衝撃的なものもあり、考察のしかたの指導の必要性を感じた。
 

 生徒はなかなか数学的・定量的に考えようとしない。反面、大局を見ずに、細かな数値の違いにこだわったりする。それも量的な評価をしていないことの表れである。「人の手で行ったので誤差が生じる」とか「測定器の精度による」などの決まり文句のような考察がレポートでは返ってくる。生徒の発想は多分に感覚的・直感的である。山田さんは、考察のしかたについて詳しく具体的に指導して、考える物理実験を目指している。それこそがアクティブラーニングだと思う。
 

二次会 Zoomによるオンライン二次会 
 例会本体は、対面16名、遠隔8名、計24名の参加だった。帰宅後18:00から行われたリモートの二次会には11名が参加した。例会本体で時間切れのため発表できなかった喜多さんの発表の予告編もあった。後日の正式発表に期待しよう。
 

 青森の野呂さんからは、改良版の静電気実験の披露があった。こちらは野呂さん自身の解説によるYoutube動画があるので参照してほしい。このほか上橋さんのテレビ出演の紹介などもあり、みんなで楽しんだ。
 YPCのオンライン二次会は全国ネットで話題豊富。飲みながら気軽に科学を楽しむ場である。
 


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