理科教育文献データベースの構築を (PDF版603KB

神奈川県立湘南台高校・山本明利

データベースの必要性

 教材研究をしていて、「こんな実験・授業をやってみたいが、どこかに参考資料はないか」とか「この実験の出典・オリジナルはどこにあるか」という情報が欲しくなることはよくあると思う。しかし、残念なことに教育分野一般に、文献情報は非常に乏しい。文献自体が発行部数が少なくて希少価値であるのに加えて、それを検索する手段が乏しいのである。図書館に出向いても求める文献に行き当たることはまれで、知人の口コミ情報の方がよほど役に立つ。出版社からパブリッシュされるものでさえそうだから、草の根のサークル誌などはなおさらと言わなければならない。しかし、貴重な情報は得てしてそういうところに埋もれているのである。

 夏休みには全国各地でいくつもの教育研究集会、発表会が開かれる。しかし、これらの集会がほぼ同時期に集中するため、一人の人がそのすべてに出席することは不可能で、そこで発表される貴重な情報はわずかな参加者に伝えられるにとどまる。普通、レポートは集録にまとめられるが、それらはオンライン情報にはならないし、図書館にも収集されないので検索でない。こうして貴重な情報は参加者だけのものとなり、その多くは時の流れの中に埋もれていくのである。

 YPC(横浜物理サークル)は今年が創立10周年で、その記念行事の一環としてこれまで毎月例会報告や投稿を載せて発行し続けてきた100号あまりの「YPCニュース」をすべてデータベース化し、CD−Rにして会員に頒布した。10年の間にたくさんの有用な情報と実践が蓄積されてきたのだが、情報量が多すぎてどこに何が書いてあるのか検索しにくくなってきたため、会員から強い要望があったものだ。データベース化といっても、本文を収録するものではなく、記事の見出しと発表者・著者、そして掲載してあるニュースの号数(または年鑑の巻番号)やページを記録するだけのインデックスデータだが、コンピュータと組み合わせると強力な検索の武器になる。昨夏の科教協新潟大会岐阜物理サークルが同様のフロッピーディスクを配布していたが、これと趣旨は同じである。

 データベース化の仕事で過去の記事を整理しながら愕然としたのは、私がここ3年ほどの間にYPCで紹介した、あるいはこれから紹介しようと思っている話題のいくつかは、もう何年も前に別の人によって発表されていたことであった。当時私はまだYPCに所属していなかったとはいえ、灯台下暗しの不勉強でまことに恥ずかしい。私にとって一番身近なYPCの記事についてさえこんなありさまだから、世の中にある膨大な関係資料にくまなく目を通し、それを記憶することなど全く不可能と言わざるを得ない。 私は、NIFTY-Serveの【理科の部屋】で初めて高橋金三郎先生という偉大な先人の存在を知った。これほど優れた教育者で当時の理科教育を牽引していた人の名前でさえ、理科教員にあまねく知れわたっているわけではない。高橋先生の著書を読んでみると、今日あたかも最新の実験のように紹介されている話題がちゃんと載っていたりして驚く(例えば「やさしくて本質的な理科実験」(評論社)1972年など)。高橋先生の先見性もさることながら、これほどの人が書いたちゃんとした本の記事でも巷には普及しないものなのだという、情報伝達の遅さ、到達距離の短さに驚くのである。

 おそらく、私たち理科教員は情報の検索性の悪さの故に、大いに時間とエネルギーの無駄をしているのではないか、先人の知恵が生かされず、多くの教員が同じような錯誤を繰り返しているのではないか、と上記の作業をしながら考えた。この世界でしばしばプライオリティが軽視されているように感じるのも、多くは悪意ではなく情報の伝達性と検索性の悪さに由来するのだろう。情報が周知されていないのだ。今日のようにコンピュータが普及し、パソコン通信・インターネットなどの情報通信網が整備されつつある環境でいつまでもこんな非能率なことをやっていてはいけないと思う。

 デジタルデータになれば整理は早い。インターネット上のデータのサーチエンジンによる検索などはその良い例である。最近はMS-Encartaのようにインターネットとリンクする百科事典ソフトも登場し、ますます便利になってきた。ひとたびデジタル化され、オンライン化されれば情報は生きるのだ。【理科の部屋】の過去ログも必要があればいつでも文字列検索で情報を取り出せてなかなか重宝だ。これもデジタル情報だからこそできることである。

 教育関係の文献データベースは全くないわけではなくて、すでに教育研究所、自治体の教育センター、大学の研究室などに断片的に存在するようだ。しかしその多くはオンラインで公開されたものではなく、その機関まで出向いて特定の端末から検索しなければならないものが多い。検索用データベースは公開してこそ意味がある。上記のようなものは根本から運用方針を間違えていると思う。データベースとしては自由にダウンロードして手元に置けるもの、あるいはインターネットからオンライン検索できるものをめざしたい。これらを統合し、パブリックなものとしていく運動も展開しなければならないと思う。

理科教育文献データベースの実際

 一方、われわれの草の根パワーで手元のできることから始めてみるのはいかがだろうか。私たち自身が骨を折って、手元にある文献の目次情報だけでもオンライン化していくことはできないことではない。そんな「理科教育文献データベース計画」をここに提案したいと思う。

 ここで提案するデータベースは、テキストベースのもので、単行本のほか、教育学会誌、公刊されている教育・科学雑誌、研究集録、サークル誌などに掲載された記事を主な対象とするものである。新聞記事はすでに完璧なデータベースがあって、オンラインサービスが受けられるので対象としない。時流から見て、URLも文献に含めてもいいかもしれない。サーチエンジンによる検索は理科教育という観点からはまだ物足りないからだ。

 データベースと言っても、あまり大袈裟に考える必要はないと思う。例えば自分が毎月読んでいる雑誌の目次をひまなときにワープロや表計算の表に打ち込むことぐらいなら誰にでもできるだろう。これだけのことでも、多くの人が長期にわたって行えば膨大な量の検索資料ができあがるのだ。

 データベースの項目としてはどんなものが必要だろうか。あまり意気込んで詳しくしすぎると、データ入力がおっくうになり長続きしないと思う。項目数は必要最低限がよい。私たちが知りたいのは、あることに関する記事が、何という文献のどこに載っているか、あるいは誰がそれを知っているか、である。それさえわかればなんとか情報にたどり着くことはできる。加えて、発行日、発表日などの情報もあると絞り込みの役に立つし、プライオリティの保証にもなる。ページ情報も不可欠ではないが厚い本ではあれば親切だ。ジャンル分けなどは余分な手間をかけるだけで無用だと思う。文献名で十分だろう。

 以上のことからデータベースの項目を以下のように提案する。

1)タイトル(副題等も含む)
2)著者名(または発表者名・紹介者名、連名可)
3)出版社・発行者(または大会名・研究会名・サークル名)
4)文献名(インターネットURLを含む)
5)号数(雑誌の月号、No.やVol.など)
6)ページ
7)発行・発表年月
8)備考

 該当記事のない項目は空欄でもよいものとする。ページは空欄でもそう不便ではないし、特に備考欄は必要に応じてキーワードを記入する程度でよい。この程度の項目数であれば、雑誌や紀要の目次を打ち込むだけで完成する。何でも良いから自分の手元にある有用そうな文献の目次を打ち込んでテキストデータとして交換しあえばよいわけだ。フォーマットを決めておけば、次々とデータベースファイルに追加していくことができる。データ交換の方法はやはりオンラインで行うのがよいと思う。さしあたりNIFTY-Serve、FKYOIKUSのライブラリ機能を利用するのがよいのではないかと考えている。NIFTY-Serveに加入していない人のために私がE-mailで仲介する労をとることにやぶさかではない。インターネット環境をもつ団体・個人は、Webページ上でお互いにフリーデータとして公開しあえばよい。

 具体的なフォーマットとしてはCSVファイルというテキストファイル形式が汎用性が高く、文字数も少なくてすむので好適だと考える。CSVはご存じの通りCoamma Separated Valueの意味で、半角カンマを区切り文字(デリミタ)として項目を区切り、改行までを1レコードとするデータ形式である。たとえば

タイトル,著者,出版社,文献名,号数,ページ,発行年月,備考↓

といった形式で必ず半角カンマ区切りで羅列する。最後の↓はリターンキーを押して入力する改行マークを表す。実例を示すと

火星で音は聞こえるか,山本明利,YPC,YPCニュース,116,21,97/11,真空・音波

などという形に書く。空白がなくて読みにくい気がするが、123やExcelに読み込めばちゃんと表組みされて見やすくなる。入力は表計算やデータベースソフトが使えれば、そこに入力してCSV形式を指定して書き出すことができるし、ワープロやエディタで直接書くことも可能だ。操作法はいずれマニュアル化していこう。

実現に向けて

 本件はまだ素案の段階だが、これから各方面にはたらきかけて協力を要請すると共に、フォーマットやデータ交換の方法についても煮詰めて行きたいと思う。さしあたり、主旨にご賛同いただき、ご協力いただける方は下記宛、お名前、連絡先と入力・データ提供可能な文献名をご連絡いただければと思う。また、ご意見も歓迎する。

E-mail:tenjin@fin.ne.jp 山本明利


【'98/02YPCニュースNo.119掲載】 (PDF版603KB


科学に関連する有用な書誌情報

 理科教育文献データベースを構想するにあたり、すでにある文献・書誌情報はそのまま活用し、またそれらに学びつつ補完的に情報を集めていくことが肝要である。参考として以下を紹介する。いずれもYPC名でリンク許諾を得ている。

NACSIS−Webcat試行サービス (文部省学術情報センター目録情報課が提供する学術論文検索。)

本をさがす(Books.or.jp) (日本書籍出版協会のサーチエンジン。日本で入手可能な約53万冊を検索できる。)

日経サイエンス (日経サイエンス誌の過去27年分の全論文のリストがある。)

ニュートンプレス (科学雑誌「Newton」の記事総索引がありる。)

原子力関連文献情報NUCLEN (科学技術振興事業団の「電子図書館げんしろう」の一角にある文献検索エンジン。)



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