低周波治療器の感電特性    PDF版650KB

    湘南台高校 山本明利

 近ごろはやりの電気マッサージ機、いわゆる「低周波治療器」を購入しました。私は他の感電実験はひととおり見聞・体験したことがありましたが、この低周波治療器というものはこれまで見た事もさわったこともなかったので、原理と特性が知りたくていろいろ調べてみましたので結果をご報告します。いわば感電に関する調査の副産物です。

低周波治療器の原理

 低周波治療器本体は端的に言えば「パルス電圧発生機」です。内部回路で発生するパルス電流を、体の二ヶ所に貼り付けた「導子」と呼ばれる電極に専用コードで導きます。治療の原理は、電極から人体に通じたパルス電流により、電極間の筋肉を刺激し、収縮と弛緩をくり返すことで肩たたきやマッサージと同じ効果を得ようとするものです。この電気刺激は十分「感電」と言えるレベルに達しています。私が購入した製品は二種類ありますが、下記のものを中心にその特性を見ていきましょう。

ナショナル低周波治療器・オートパルス・EW431P(松下電工)
医療用具承認番号(7B輸)第33号 店頭価格¥3680


 この製品は本体が小型の携帯電話ほどの大きさで、体に貼りつける二枚の電極と接続コードが付属しています。単4乾電池2本で動作します。本体には電源スイッチを兼ねた「強さダイヤル」というボリュームつまみと、パルスモードを選択する4つのボタンがついています。この製品の動作モードは「もみ」「たたき」「振動」および「肩」となっています。それぞれのモードでのパルスパターンや電気的特性については後述します。装置は電流を監視しているらしく、人体に装着していないと(電流が流れないと)出力を切るようになっているようです。また、連続使用15分で自動的に電源が切れます。

出力電圧とパルスパターンの観察

 接続コードの先端に人体に見立てたダミー抵抗2kΩをとりつけ、その両端の電圧をオシロスコープで観察してみました。出力されるパルスは基本的には同じ形で、パルス幅0.2msと非常に継続時間の短いものです。このパルスの電圧の符号(正負)とパルスとパルスの間の時間(パルス間隔)の組合わせを変えることで、各種のモードを作り出しています。「強さダイヤル」はパルスの電圧(パルス高)を変化させるものです。一個の「単位パルス」は右図のような波形をしています。正のパルスと負のパルスが適宜組み合わされて下記のような各モードのパルスパターンが作られますが、パルス幅w=0.2ms固定でモードや強さを変えても変化しません。



 「たたき」モードではパルスが間欠的に送られてきて、筋肉がピクン、ピクンと収縮し、たたかれているような衝撃を感じます。

 「振動」モードではパルス間隔が狭まり、筋肉がピクピクピクピクとゆるく痙攣します。

 「もみ」モードでは間隔がさらに狭まり、パルスが連続的となり、弛緩する閑がなく筋肉の収縮が約1秒間継続します。ゆっくり揉まれている感じです。なお「肩」モードは以上を組み合わせたプログラムになっています。

  各モードのパルス高は下表の通りです。同じダイヤル目盛りでも出力電圧が変えてあります。電圧はかなり出ていることがわかります。ちなみに、私の体感では快適に「治療」できるのは3〜4ぐらいで、6を越すと痛みが強くて耐えられません。オシロスコープのスケールアウトのため上限は計測できていませんが、「強さダイヤル」の目盛りは10まであります。

各モードのパルス高h(単位V)

強さダイヤル たたき 振動 もみ
25 17 17
28 20 18
32 23 21
40 27 24
37 34
42 37
42

導子電極の原理

 さて、低周波治療器のパルス出力を人体に伝える電極(導子)のしくみはどうなっているでしょうか。電極とコードの接続部分は金属ですが、その先は炭素繊維らしき黒いフィルムに導かれ、皮膚に接する部分は粘着材になっています。粘着材の材質は、ロケット燃料タンクのシール材に使われた物質とよく似ています。 この粘着材は肌によく密着しますが、導電性はどうなのでしょう。合成ゴムのような物質で、とても電流を通しそうにはありません。さっそく測定してみますと、案の定、テスターでは計測不能なぐらい高い抵抗値を示します。数十MΩ以上のオーダーで、人体に比べるとほとんど絶縁体と言ってもよいでしょう。したがってこれを肌に貼りつけると、電極と人体の間にコンデンサーが形成され、それを介して電流が流れると考えるのがよいでしょう。 そこで、今度はこの電極を金属板に貼りつけて、コンデンサーとみて電気容量を測定してみます。約50〜60μFと出ました。これはかなり大きな容量です。電極は人体の二ヶ所に貼りつけるので、下図のように、二個のコンデンサーと人体という抵抗器が直列接続された等価回路をイメージすればよいわけです。 コンデンサー2 個直列で30μF、人体抵抗を仮に2kΩ(大きな個体差あり)とすると、この回路の時定数CRは60msとかなり長くなります。この時定数だと、前述のパルス幅0.2msに対してはほとんど素通しと見てよいと思います。結局、パルスの電圧はほとんど人体で受け止めることになるのですが、仮に装置が壊れて直流電圧がかかりっぱなしになったとしても、直流分はコンデンサーでカットされますから、時定数以上の時間継続して人体に電流が流れることはないということになります。コンデンサーを介して電撃を与えるというのは一つの安全対策なのかもしれません。


人体を流れるパルス電流

 次に、実際に電極を人体に貼り付けた状態で電流を測定してみました。上図の等価回路になっているという前提で、下図のように小さな抵抗を直列に配置し、オシロスコープでその間の電位降下を計測し、オームの法則から電流を求めます。電極は自分の左の下腕の2箇所に10cmほど離してとりつけました。

 各単位パルスごとに、電流は鋭く立ち上がり、時定数にしたがってディケイします。そのピーク値を測定しました。測定の結果は下記の通りで、計測した範囲で瞬間的にせよ最大100mAを越える電流が私の体内に流れていることが確認できました。それぞれの測定範囲の上限は、私自身の痛みの限界です。

強さダイヤル たたきモード 振動モード もみモード およその感覚
55mA 35mA 33mA かすかに感じる
59 43 37
65 47 39 筋肉がピクピク動く
73 53 45 適正な刺激
84 65 59 痛みを感じる
98 71 63 痛みが耐え難い
106
118

 電流の継続時間はパルス幅0.2msよりもさらに短い時間とみなせます。ほとんど一瞬といっていいでしょう。そのぐらいの短時間だとこんな大きな電流でも平気なのです。もしこれが50Hzの交流で継続していれば致命的です。ちなみに、もみモードと、振動モードでは単位パルスが比較的短い時間で多数連発されます。それに対し、たたきモードではパルスとパルスの間隔があいています。これだとより大きな電流まで耐えられることがわかります。

オムロン低周波治療器・エレパルス・HV−F04(オムロン株式会社)
医療用具承認番号1B1165 店頭価格¥2980

 もう1台比較のために購入してみたのがこの製品です。昨年上期の製品らしく、在庫整理というところでしょう。中をのぞいてみるとIC3個と昇圧用のトランスが目に付きます。前述の松下電工の製品は完全にカスタムチップ化されていてIC1個以外には目に付く物はありませんでした。この業界も低価格競争が激烈のようです。 それはさておき、製品の仕様は前の松下電工の製品とほぼ同様で、体にとりつける電極(導子)の構造や粘着材の材質まで同じです。電池は006Pでした。仕様欄に書いてあった消費電流や電池寿命に関する記事で、負荷抵抗1kΩを標準としてありました。この値を人体抵抗の目安としているようです。 電気的特性はこの製品でもほぼ同じで、プログラム化されていなくてマニュアルでパルス間隔や極性が変更できる程度の違いでした。単位パルスの幅は全く同じ0.2msです。どういう根拠によるのかわかりませんが、いずれの製品もこの値にそろえてあります。どのダイヤルをいじってもこの幅だけは変えることができません。松下のものも同様です。ダイヤルによって変化するのはパルス間隔とパルスの高さだけです。パルス高は最低目盛りでも15Vあり、 このレベルではまるで感じません。最大値は70Vを越えます。 わずか2種類の製品を比較しただけでいささか乱暴ではありますが、あまたある他の製品も推して知るべしであると思います。これで低周波治療器の電気的特性と感電特性は一応理解できたと考えましょう。

PL法に基づく安全表示

 最後になりましたが、感電実験の指針を考える上で最も興味があるのは、PL法に基づく安全表示です。オムロンの「エレパルス」の説明書には別紙のような注意書があります。松下の製品のものもほとんど同じでした。 松下の説明書には、電極を取り付けるべき「ツボ」が図解されています。頭部と胴体前面(胸から下腹部にかけて)には「ツボ」が示してありませんが、背中にはたくさんあります。心臓のすぐ裏のあたりにもいくつも「ツボ」があり、電極をつけてよいことになっています。心臓の近く、頭部、顔、口中や陰部には用いるなということはくり返し書いてあります。 これらの注意事項は他の感電実験でも厳守すべきものだと思います。


【YPCニュースNo.105 '96/12/07 掲載】 (PDF版650KB)

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