マーズ・パスファインダーの火星面軟着陸 (PDF版652KB)                          

湘南台高校 山本明利

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 去る7月4日火星面軟着陸に成功した米ジェット推進研究所(JPL)マーズ・パスファインダー(MPF)は、設計寿命をはるかに越えた今(8/30)でも順調に火星表面の観測を続けています(注1)。亀のようにゆっくりと火星面を歩き回るかわいらしい初のロボット火星探査車ソジャーナがもっぱら人気の的ですが、MPFのユニークさはそれだけではありませんでした。

 1976年に初の火星面軟着陸を果たしたバイキング1号、2号はいずれも軌道船と着陸船を持ち、まずロケットの逆噴射により火星周回軌道に入った後、着陸地の状況や天候を見定めてから着陸船を降ろしました。この方法は堅実ですが無駄も多くお金がかかります。当時は初の火星生命探査というお題目と、技術力誇示の政治目的もあって予算が潤沢だったため、かなり贅沢なミッションが組まれました。

 時代は変わり、超緊縮財政のもとで企画されたMPFでは、徹底的なダイエットが行われました。人気の探査車ソジャーナもみかん箱に車輪をつけたくらいの大きさで質量はわずか11.5kg、着陸船本体も一辺が2mの正四面体にすっぽり収まる大きさで質量も360kgにすぎません(図1図2)。

 もっと驚くべきは着陸方法です。MPFは火星周回軌道に入らず惑星間軌道から7.5km/sの速度で隕石のように直接火星大気に突入しました。一気に着陸地点をめざしたのです。JPLのWebページではこれをゴルフのホールインワンに例えていましたが、長い惑星探査の経験で培った超精密軌道制御技術がこれを可能にしました。

 大気圏突入から着陸までのシーケンスを図3に示します。減速は直接火星大気の抵抗を利用して行うため逆噴射の燃料分が節約できます。ある程度減速するとパラシュートを開いて耐熱シールドを切り離します。図4はこの段階までの加速度計の記録です。始めのピークは耐熱シールドにおおわれた本体と大気の直接の摩擦によるもので100秒付近(高度25km)で16Gの加速度が記録されています。 200秒付近の鋭いピークはパラシュートの展開によるものです。このときの高度は10kmぐらいでした。火星面が近づくとほんの一瞬小型ロケットを逆噴射して減速し、いよいよ着陸の最終段階です。

 ここであっと驚く大胆な技術が採用されました。ご存じのエアバッグです。パラシュートで降下中に着陸機は長さ20mのロープで宙づりにされ、接地8秒前、高度300mで大きなエアバッグが膨らんでまわりを包みます。着陸機本体の高さは子供の背丈ほどしかありませんが、膨らんだエアバッグはさしわたし5mほどにもなります(図5)。ボコボコに膨らんだ白い塊は空中で切り離されて12±10mの高さ(予定)から落下し、火星面に激突して跳ね返り、何回も弾み転がりながら安定するのを待ちます。想定された衝突速度は25m/s、火星面への接触角は 30°でした。この時点でもかなりの水平速度成分が残っていることになります。

 図6は実際の火星面への衝突をとらえた加速度計のデータです。MPFは少なくとも15回バウンドして着陸しました。火星面の重力加速度は3.7m/s2で、地球の3分の1ほどなので、スローモーションのようにゆっくりと宙に舞いながら弾んだはずです。衝突の時間間隔から単純に平地であるとして跳ね上がった高さを計算すると表1のように最高17mほどになりました。指数関数的な減少を示していないのは落下地点が斜面だったからか、機体が激しく回転していたせいでしょう。単純計算で跳ね返り係数を出すと1を越えてしまうところがあります。最後は落差10mほどの斜面を転がり落ちたと推定されています。

【表1】火星面軟着陸時の跳ね返り高さの推定(水平面を想定した単純計算)

t(s) Δt(s) h(m)
1204.0
1210.0 6.0 16.7
1214.0 4.0 7.4
1218.5 4.5 9.4
1224.5 6.0 16.7
1228.5 4.0 7.4
1233.0 4.5 9.4
1237.5 4.5 9.4
1242.0 4.5 9.4
1245.5 3.5 5.7
1248.5 3.0 4.2
1251.5 3.0 4.2
1254.0 2.5 2.9
1257.0 3.0 4.2

 JPLの若い頭脳が考え出したこの大胆な着陸作戦はみごとに成功しました。MPFは無事に火星面に降り立ち、ソジャーナが元気に散歩を始めたのでした。MPFの活動期間は内蔵の充電式電池の寿命で決まると考えられています。電池の容量が低下すると夜間の保温ができなくなります。いずれまずソジャーナが、ついで着陸船が死を迎え、「セーガン・メモリアル・ステーション」として火星面の永遠のモニュメントとなるのです。

 間もなく、MPFの姉妹探査機、マーズ・グローバル・サーベイヤー(MGS)が火星に到着します。着陸こそめざしませんが、火星周回軌道から長期にわたって火星面の観測を行なう予定です。MGSも軌道変更の燃料を極力節約するため、火星の上層大気の抵抗を利用したエアロブレーキングという新技術を用います。JPLは今後2010年の「サンプルリターン計画」まで10機の火星探査機を立て続けに送り込む計画です。MPFはそのさきがけとして十分に使命を果たしたと言えるでしょう。

 さて、この記事はMPFにかこつけて力学の問題を作成するためのヒント集として書きました。文中、図中のデータを利用するとたくさんの問題が作れると思います。どうぞご活用下さい。

【YPC(横浜物理サークル)ニュースNo.114掲載】 (PDF版652KB

(注1) MPFは9月27日のデータ送信中に通信が途絶え、JPLのスタッフはその後連日回復につとめていましたが、10月1日と6日に短時間のテレメトリ送信があったのを最後に、全くの音信不通に陥りました。最後のテレメトリからは各機器の動作は正常と判断されています。障害の原因はMPFの充電式電池の劣化による電力低下と考えられ、いずれはそうなると予想されていたものです。JPLは11月4日の記者会見で万策尽きたとしてミッションの終了を宣言しました。

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