宇宙のスケール
湘南台高校 山本明利
宇宙のスケール・Part1
私は授業で地球を表すのに直径13cmの円をよく使います。黒板の左の隅にこれを描くのです。1万kmが10cmになる縮尺ですね。
それで、黒板の隅で「大気の厚みはどうのこうの、スペースシャトルの軌道はああだこうだ」とやるわけです。共にチョークの太さでは描ききれません。黒板には隅っこに丸が一つ描いてあるだけですから、生徒は「何をやっているんだ?」といぶかります。
私が物理でこの話をするのはたいてい等速円運動やケプラーの法則のあたりで静止衛星の軌道高度を求めた時の余談としてですので、次に「気象衛星ひまわりやBSは今求めたとおりこのへん」(地表から3万6千kmだから上記の円周から36cm離して)とやります。「静止衛星は一般の人工衛星よりこんなに高くまで持ち上げなければいけないからロケットもパワーが必要で金がかかるんだ。」まだ黒板の右の方は広々とあいています。
次は月です。やおら教壇をつかつかと歩いて、黒板の反対側の方に(地球から約38万kmだから3.8m離して)直径3cm強の円を描き「お月様はこのへん・・・」とやります。生徒の間にはひそひそ声。こういうスケールは高校生でも全く頭に入っていません。戸惑っているのです。
そして、「かつてまだ君達が生まれていないころ、アポロ計画という有人宇宙飛行が行われて・・・」例の地球と月を結ぶ8の字の自由帰還軌道を黒板いっぱいに描きながら、「3人の飛行士はこう飛んで月を探検してこう帰ってきて地球の大気に突っ込んだ。こんなに遠くてこんなに小さい的だったんだ。でもニュートン力学は勝利した。」などという調子で結びます。生徒の間にはため息。
ちなみにこのスケールでは、太陽は1.5km先の直径14mの球になります。余談としてはとりあえずこのへんまでにとどめておきますが、もちろん宇宙はまだまだ広いのです。
宇宙のスケール・Part2
次は、かつて「理科I」という科目があったころ、地学分野でやっていた授業の一例です。
宇宙は広すぎてイメージしにくいので、こんな縮尺で宇宙の地図を描いてみよう。100億kmを1mmに縮めてみる(10の16乗分の1、つまり1京分の1の縮尺)。太陽から冥王星まで約60億kmだから、太陽系全体が小さな砂粒の中におさまると思えばいい。やっと見えるくらいの小さな砂粒に惑星の軌道も彗星も余裕で入る。ちなみにこのスケールでは地球は原子より少し大きいくらい。人間は?・・・原子核よりずっと小さい。
つまりこの砂粒は太陽も含めて10個ぐらいの原子しか含まない。とても空虚な砂粒である。こんな砂粒を、ぽろり、ぽろりと数メートル間隔でばらまくと、太陽周辺の恒星系のモデルになる。ちなみに、いわゆる1光年は9.5×10^15mつまり約1京mだから、このスケールでは約1mになる。光は一年かかってやっとこのものさしの長さを進む。カタツムリよりもずっとのろいんだ。太陽系に一番近い隣の恒星まで4m余り。光の速さでも4年以上かかる。その間は何もない真空の空間。宇宙はとても空虚。
さて、こんな調子でまばらに砂粒をばらまいていく。銀河系を作るにはどのへんまで砂を散らしたらいいだろう。銀河系の直径は約10万光年。約10万mで100kmだな。大体関東平野ぐらいだ。東京が中心だとすると太陽系の位置は横浜ぐらいかな。駅前で踏みつけにされている砂粒のどれか一つが、僕らの住んでいる太陽系だ。
となりの銀河はどのへんだろう。マゼラン雲は国内にあるね。アンドロメダ銀河は?約200万光年、つまりこのスケールで2000km先だ。どのへんだと思う?日本の領土をはみだして、台湾あたりだ。銀河の大きさはあんなに大きくない。せいぜい沖縄本島ぐらい。まあ、こんな調子で銀河をばらまいていくと宇宙ができあがるとしよう。
宇宙にはこんな銀河が無数にある。どうやら、このスケールでは、宇宙の地図は地球上にはおさまりそうにないね。現在観測されている範囲の天体をおさめるだけでも、月までの距離の何十倍ものさしわたしが必要になる。とてつもなく広いんだね宇宙は・・・
宇宙のスケール・Part3
Part2をやったあとで、時間的スケールの話に入ります。こちらは遠くから近くへ持ってくるのがミソ。
今度は、時の流れを考えてみよう。君たちも知っているように、地球の歴史だけをとりあげてもとっても長い時間が経過している。何億年と言われてもぴんと来ないから、時間を長さに例えて年表を作ってみよう。
1年を1mmに例える。宇宙の年齢については諸説あるが、100億年から200億年ぐらいらしい。余裕を見て200億年として200億mm=2千万m=2万km。地球の全周は4万kmだから、つまり地球を半周する長さだ。年表は何とか地球の上で間にあいそうだね。
よくはわからないが、ビッグバンなどという宇宙の始まりのできごとが、地球の裏側の方で起こったらしい。やがて銀河ができ、星が輝きはじめる。太陽は重い元素も含んでいるから少なくとも初代の星ではない。われわれがここにこうしているのがその証拠でもある。水素を除く主な元素は恒星の中で、鉄より重い元素は恒星が死ぬ時に作られるからだ。何代かの星の歴史を経て、太陽系は生まれた。今から50億年ぐらい前、東京を現在とすると5000kmだから、インドシナ半島あたり、バンコクぐらいかな。地球もまもなく生まれる、46億年前だそうだ。ベトナムのあたり。
生命の歴史も意外に古い。香港あたりまで来るとはっきり生命の痕跡がある。でも、まともな形をした生き物は国内に入らないと見られない。三葉虫は岡山あたりから大阪付近までを埋め尽くしているが、静岡県に入るとその姿は見られなくなる。ここからが中生代だ。富士山麓は大型恐竜がのしあるいている。
その恐竜が箱根を越えるとぱったりと見られなくなる。6500万年前に絶滅したんだ。原因は諸説あるが、今はどうでもよい。東京が現在だと小田原からこっちが新生代。哺乳類の時代だ。
さて、われわれ人類は?200万年ぐらいかなあ、それらしいのが現れてから。約2kmだね。見通せるぐらいの距離だ。歩いて2、30分。ホモ・サピエンスは4万年というから40m。東京駅のホームに滑り込んで列車が止まる直前だね。1mが千年だから、いわゆる有史時代は数メートル。主な歴史上の人物の人生はこの黒板の中に描ける。みんな折り重なるようにして、数cmから10cmくらいの長さを生きては死んでいった。
この黒板のすみを現在とする。君たちは今ここにいる。君たちのこれまでの人生もちゃんと描ける。1センチ5ミリだ。そして多分君たちもこのくらい生きる(10cmくらいの線を描きながら)。
どうだろう、宇宙や地球の歴史は途方もなく長いけど、でも空間的な広がりほどじゃないね。地球の上におさまる宇宙の年表で、君たちの人生はちゃんとこうして見えるし、高校で過ごす3年間も一応点として確認できる大きさだ。宇宙ができてから時間は意外に経っていないんだね。人間は宇宙に比べるとないに等しい大きさだけど、時間的にはけっこう長生きだとも言えるね・・・
いかがなものでしょうか。理科Iがなくなって私はこの授業ができなくなってしまいました。
NIFTY-SERVE【理科の部屋】への書き込み、95/11/05-14
森裕美子さんがこの話を料理して子供向けの解説にしてくれました。下記のサイトでご覧いただけます。
なるほどの森 第15号 「宇宙のスケールを知る(1)」へ
なるほどの森 第26号 「宇宙のスケールを知る(2)」へ
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