驚異のスペクトラマジックグラス (PDF版809KB)
湘南台高校・山本明利
まずは、写真1を見ていただきたいと思います。たれぱんだを思わせるデザインのこのメガネ。この夏、玩具屋の店頭でよく見かける子供用の花火セット(株式会社オンダ製)におまけとしてついています。名付けて「スペクトラマジックグラス」。このメガネを通して花火のような点光源を見ると・・・・ なんと写真2のように見えます。
←写真1←写真2
虹色の光の列が渦を巻くように放射状に配列しています。その美しさにはだれもが「わー」と一瞬言葉を失います。レーザーポインターの光を当てると、壁や天井に同じような渦を巻いた点列が投影されます(写真3)。まるで渦巻き銀河を見ているようです。これまでに見たことのない豪華な光のマジックです。わずか数百円の花火セットにこの付録は格安だと思います。
写真3→
さて、YPCとしてはここで当然、「なぜ?どうして?」という謎の解明に進まなければいけません。先日の湘南台例会の折りには、出席者の皆さんにそれぞれこの花火セットをお買い求めいただき、宿題としてお持ち帰りいただいたのですが、もう謎は解けたでしょうか。この記事では、その種明かしをすることにいたしましょう。
まず、渦を巻く光条がそれぞれ虹色に分光していることから、これは回折格子の応用であるということは想像できます。回折角や分散の幅から見て、比較的格子定数の大きな、粗いピッチの回折格子に違いありません。しかし、不思議なのは、渦を巻いていることです。つまり光条ごとに回折角が異なるのですから、格子定数が1種類であるはずはありません。渦巻きは一次のスペクトルが主体ですが、それも光源の左右一対になっていますし、二次のスペクトルも入り交じっているので、いったい何種類の格子定数があるのかは精密に分類して数えてみる必要があります。光条に定規をあてて系列に分類し、渦の中心から順に番号をつけて数えてみると、なんと格子定数の異なる36種類もの系列があることがわかります。
←写真4
次なる手がかりは、カメラの絞りを絞ったり、レーザービームを細くしたりしたときに見える写真4のようなパターンです。つまり、光の通過する領域を狭めると渦巻きの一部が欠けるのです。それもとびとびに……。これはそれぞれの光条がフィルム上の別の箇所で作られていて、それを同時に見ているにすぎないことを意味します。直交回折格子のように二つの格子パターンがオーバーラップして存在しているわけではないのです。
メガネの透明なフィルムをよく観察すると、細かな方眼のパターンが刻まれていることが肉眼でもわかります。定規を当ててみると、方眼のピッチは縦横ともおよそ1mmです(写真5)。しかし、この方眼が虹を作り出しているのでないことは明らかです。この分散を得るためには、1mmあたり数十本〜数百本の格子が必要だからです。虹を作り出しているパターンを観察するにはやはり顕微鏡が必要です。
←写真5
しかし、透明なフィルムの顕微鏡観察はなかなか難しいものです。生物顕微鏡のような透過光では、回折格子パターンの観察はきわめて困難でした。そこで、写真6のように鉱物観察用の双眼実体顕微鏡で、落射照明(斜め上方からの照明)で観察してみました。すると、写真7のようにいろいろな色に彩られた方眼のパターンが見えてきました。
←写真6←写真7
写真7の上方の黒い太い線は定規の1mmの目盛りです。1mmの中に6個の小さな正方形がおさまっています。1/6mm角の正方形が6行6列、計36個で1セットになったマトリックスパターンが繰り返しているのです。
賢明な読者諸氏はもうおわかりでしょう。この小さな正方形の一つ一つが、それぞれ少しずつ異なる方向を向いた、少しずつ異なる格子定数の回折格子なのです。写真7では落射照明の光がそれらに反射して干渉し、それぞれ異なる色に輝いて見えています。回折格子が36種類あるので、36の系列からなる渦巻き状のスペクトルが見えるというわけです。原理は思ったより単純でした。
とはいうものの、このスペクトラマジックグラスの設計にはなかなか深い配慮が感じられます。このメガネを通して花火を観察するときはきっと夜でしょうから、観察者の瞳孔は大きく開いているでしょう。大人と子供でも違うはずですが、直径5mm前後になっていると思われます。ということは、目の前にこのメガネを置くと、マトリックスの何組かは確実に瞳を覆うことになるでしょう。ちょうど写真7のような視野になることと思います。こうして観察者は36種類すべてのスペクトルパターンを網膜上に見ることになるわけです。
これ以上マトリックスを細かくすると、渦の中心付近の光条を作り出す、格子定数の大きな(粗い)回折格子が作りにくくなります。その上、マトリックスの周期による、直交する干渉縞も視認されるようになって艶消しになってしまうでしょう。一方、マトリックスをこれ以上粗くすると、すべての要素が瞳サイズにおさまらなくなるため、写真4のようにスペクトルパターンの一部が欠けてしまって美しくなくなります。おそらく、最適なサイズを追求した結果がこの製品に結実しているのだと思います。
レーザービームで渦巻銀河状の干渉パターンを投影するときも、前述のように、ビーム幅の狭い高級な光源装置はむしろ不適で、秋葉原で¥900で売っているような、ビーム幅の太い安物のレーザーポインターの方が光源としては向いています。 さて、この素敵なメガネ、この記事をきっかけにちょっとしたブームを呼ぶと予想しているのですが、なんとかこの素材のシートを直接入手したいものですね。どなたかチャレンジしてみませんか。
99/07/09 YPCニュースNo.136掲載 (PDF版809KB)