例会速報 2009/04/19 慶應義塾高校
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授業研究:電流と発熱 田代さんの発表
中学の指導要領は移行期に入ったが、昨年まで指導要領には多くのしばりがあった。1年では粒子概念を登場させてはならない。2年では電流の単元より前に原子・分子を扱ってはならない等。田代さんは、原子・分子を早くから扱い、原子・分子の運動と温度の関わりをも色々な単元で扱った授業を行ってきた。その延長で電流と発熱を扱
った。
静電気では、−に帯電させたストローにも+に帯電させた試験管にも、紙くず、ツバキの枝、金属、水などが引き寄せられる実験を行い「物質は全て+と−の電気でできている」とした。その後、写真左の装置を使い「豆電球は電流が流れるから点く」→「それならば一部分で並列にするとそれぞれの豆電球にはどれだけの電流が流れるか」(写真右)と進み、その後各班でセメント抵抗で、並列回路の電流を測定させた。
その後で、着磁装置のコイルを使い相互誘導で豆電球を点ける実験(08年8月YPC例会の写真参照 )を行い「コイルの中に元々流れる電気が詰まっている」こと、静電気との関わりを思い出させ、そこで一気に原子の構造を扱った。金属は「陽イオンと自由電子の大集団」とする。自由電子の運動により陽イオンの振動が激しくなり温度が上がることなどもモデルで説明した。回路を作る金属線の一部が細いとそこでは「細くても電流は同じ。それならば自由電子の動く速さはどうなのか」を考えさせた。授業では0.5oの銅線とコードの芯線1本を直列にし、電流を流すと細い方が真っ赤になり酸化銅になってしまう実験を授業で行い、先の「細いと速い」を確認させた。電熱線に使われているニクロムは赤熱してもあまり酸化しない金属である。電球のタングステンは融点の高い金属であることも教えた。
オームの法則を扱った後で再び直列回路で、「細い所は自由電子が速く=発熱量が大」を扱ったのが、かつての教科書にはよく載っていた、ワット数の違う電球の直列つなぎが下の写真右である。並列(写真左)では明るく光る電球の方が直列だと暗い。
授業を終えてみて、「細い部分は速い」を強調するより「回路の一部に流れづらい部分があると太い部分はゆっくり=暴走を防ぐ」と位置づけた方がよかったかと思った。写真左は授業で見せている抵抗のある導体中を運動する自由電子のモデル。
例会の討論で「中学では静電誘導まで扱う必要はない」、「原子構造は一つ階層が深い概念なので中学でここまで扱わなくてもよい」、「細い=速いは高校生でも難しい」などの意見が出された。
気体の重さ 横山さんの発表
パソコンなどの埃飛ばしのHFC(ハイドロフルオロカーボン)は代替フロンの一種で、分子量の大きな気体だ。空気とHFCをそれぞれ傘袋に詰めると、見かけは同じだが、落とすと空気袋はふわふわ、HFCはドスンという感じで落ちる。
HFCをたっぷり入れたポリ袋に空気入りの小さな袋を入れると、HFCの中に空気袋が浮いてしまう。例会では透明なポリ袋がなかったので、半透明のレジ袋で間に合わせたが、見てるだけでも楽しい実験だ。横山さんは小学校の先生なのでこれを小学生相手に行うが、高校生にも通用する実験だ。
小学生は、液体は水、気体は空気、金属は鉄、と思っている子がかなりいるという。気体は見えないが、種類により振る舞いが全然違うことを実感してもらい、想像力と科学の方法を学んでいくよ、という理科の授業の導入にしているそうだ。
なお、HFCは地球温暖化効果の強い気体として規制する動きがあり、今後他の気体の利用を検討する必要があるかもしれない。
都立高入試で気になった点 田代さんの発表
田代さんは、この春の都立高校入試問題大問6が気になった。1Ωの電熱線aと5Ωの電熱線bを直列にして電圧を徐々に上げていくと5Ωの電熱線bがaより明るく光った、という設定のもとで、これらの電熱線を並列につなぎ、電圧を徐々に上げていったときの電熱線の光り方を比較する問題である。正解は1Ωの電熱線aが明るく光る、となっている。赤熱状態なのにV−Iグラフが直線なのは適切か、という疑問に端を発して、YPC−MLで以下の議論に発展し、検証実験となった。
題意から電熱線aは電熱線bより太いことになる。出題者が意図しているように並列でaが「電力大=より明るく光った」と「必ず」なるのだろうか。もしaがすごく太くて長い電熱線だったら、たとえaの抵抗が小さくてもbより光らないのでは?
両方ともニクロム線で実験をして比較したものが左の写真である。これ以上電圧を上げてしばらくすると太い1Ωもほぼ同じに赤熱してくる。両方が赤熱状態になってから電圧を下げると短い5Ωの方は一気に温度が下がり黒くなる。非常に微妙である。つまり、明るさは発熱量だけでなくエネルギー放射とのバランスで決まるのだ。コイル状に巻いてあるか、伸ばしてあるかでも全然違ってくる。
両方ともステンレス線で実験をして比較したものが右の写真である。下がa上がbで、こちらは非常に顕著である。当該の問題で「電力の大きいのはどちらか」あるいは「発熱量の大きいのはどちらか」という問ならばよかったのだが「どちらがより明るく光ったか」としたためにこのような反証実験が成り立ってしまう。
GAINERminiデータロガーの紹介 中川さんの発表
株式会社アールティ(東京秋葉原:中川さんは代表取締役)で製造・販売しているUSBデバイス開発ツール/デザイナー向けI/OモジュールGAINER mini(ゲイナー・ミニ)と、それを使ったセンサー入力用ソフトの紹介。FlashやProcessingなどの言語でUSBポートを経由して通信・制御可能である。センサからの情報をパソコンに取り込んだり、パソコンからサーボモータなどのアクチュエータの制御を行うこともできる。同社のロボット技術から抽出した教材である。
写真下左の赤い基板の部分がGAINERminiの本体(定価\4200)である。各種センサとブレッドボードがセットになったGAINERminiスターターキット(\13650)がお得だ。ガイドブックもあり、オープンソースとして全情報が公開されている。
下の写真は、回路の一例として加速度センサ(緑色の正方形基板)と赤外線距離センサを接続し、力学台車に搭載して加速度や走行距離の測定をしているところ。完成品のデータロガーと比べるとまだ荒削りではあるが、「データロガー自身を組み立てる」という回路設計とプログラミングの楽しみがあり、工夫次第でいかようにもチューンナップできる。
電子メロディーを鳴らす 石井さんの発表
電子メロディーICを直流検電器として用いる数々の実験。写真左はネオジム磁石のブンブンゴマとコイル(250回巻き)による発電実験。LEDで整流し、数千μFのコンデンサーで蓄電・平滑する。コマを回している間はメロディーが鳴る。NPNまたはPNPトランジスタでダイオードの代用とすることもできる。P→Nとなる方向が順方向だ(写真右)。
スライダックで数ボルトの交流を作り、その出力電極にコンデンサーの両足を一瞬触れる。交流電圧は1秒間に50回、正負の交替を繰り返しているが、足が離れた瞬間の電圧がコンデンサー記録される。その符号と電圧は確率的だ。電子メロディーを接続してみると約半数が鳴る。普通のスチロールコンデンサーと3段アンプでもこのことは確かめられる。
両端を削った鉛筆をフィルムケースの食塩水に浸し、ネオジムブンブンゴマとコイルで発電し、ダイオード経由で充電してみる。ブンブンゴマを約百回転させるとメロディーを10回ぐらい演奏できる。鉛筆の芯を炭素電極とした燃料電池が形成されているのだろうか。
紫外線下で自家発光する物質 山本伸子さんの発表
サイエンスキッズラボ代表の山本さんはブラックライトの紫外線のもとで蛍光を発する身近な物質を紹介してくれた。左の写真はお米。蛍光検査は米の鮮度判定にも応用されており、古米ほど明るく光る。右は手の爪(ケラチン)が蛍光を発する様子。骨(コラーゲン)や貝殻などと共にバイオミネラルと総称されることがある。
カルシウム化合物には蛍光を発するものが多い。左はチョーク(炭酸カルシウム)である。蛍光チョークがカラフルに輝くのは当然だが、下の箱の白チョークもほんのり青白く光る。右は海藻で、クロロフィル、カロテノイド、フィコビリンなどの光合成色素が蛍光を発するので溶液が光る。
野球用バットの木材アオダモ。写真はオークビレッジで仕入れたキーホルダー(\735)。これでビーカーの水をしばらくかき混ぜると、エスクリンという物質が溶け出して水が青く光るようになる。
EX-F1映像とホイヘンスの原理 水上さんの発表
水波投影装置における波のふるまいをOHPで投影し,EX-F1で毎秒300コマで高速度撮影した。複雑な装置が無くても水面波をスローモーションで提示できる。左は同位相の円形波による干渉、右は逆位相の円形波による干渉で、節線の位置が変わるのがわかる。
左は12本のまち針で造波してホイヘンスの原理を演示している。コマ送りで波面の進行を詳細に観察できる。右は水波によるヤングの実験。ダブルスリットを通過した円形波がその先で干渉する様子がよくわかる。
水上さんはいつものように黒板貼り付け式スクリーンに投影し,これに直接ホワイトボードマーカーで原理図を書き込みながら説明している。生徒は「プリントの図が実物と重なり,よく分かる」と言ってくれるそうだ。また,スローモーション映像や一時静止画を観察することで原理がよく分かるようになる。左は反射の説明。ホイヘンスの原理に従って次の反射波面を描き,映像を進めて作図通りであることを確認した。右は屈折の原理。入射線と屈折線の描き方を説明する図を書き込んでいる。
カップヌードル容器はもういらない 鈴木さんの発表
静電気分野で、電気力線を観察するのに効果的な実験として、サラダオイルを絶縁体の容器上に敷き、そこに模型用の「シーナリーパウダー」を振りかけて、画鋲を電極として入れ、画鋲に帯電体をつける、という工夫がある。YPCでは1993年2月霧が丘高校例会(ニュース集Vol.5、P.131)で宮崎さんが紹介している。三省堂の教科書などにも掲載されていて、ネットで検索すると、よせなべ物理サークルのウェブページがヒットした。
以前はカップヌードルの容器を裏返しにして使うのがスタンダードだったが、最近のものは容器の底にプラの表示がレリーフされていて、あまりうまくいかない。鈴木さんは、替わりになる容器がないか、様々なカップめんの容器や業務用のうどんの容器などを物色していた。そこで見つけたのがこれである。
6個セットで100円の、ダイソーの商品。ふたの部分が、長方形に形取られていて面積も広く、字の刻印もなく、この電気力線の実験に最適である。
例会では時間がなく、この商品の紹介だけで終わった。何に使うのか知らない人も(若い人?を中心に)多かったようだ。今回は時間がなく素材の紹介にとどまったが、次回例会での演示を期待しよう。
卒業研究:交流抵抗標準 三宅さんの発表
三宅さんはこの春卒業した武蔵工業大学での卒業研究「量子化ホール抵抗素子を用いた交流抵抗標準等価回路の検討」の概要を紹介してくれた。
現在、直流抵抗標準の国家基準は、量子化ホール抵抗素子を用いて8桁の相対不確かさの元、産業界に供給され校正の基準として機能している。しかしながら、この素子は交流抵抗の標準としては素子の電気的性質から理論上不明な点があり、用いられていない。本研究では量子化ホール抵抗素子を交流抵抗標準として用いることにアプローチした。
現在は、素子の電気的性質を示すモデルである等価回路が1つも打ち出されていない状況だ。今回の卒業研究では、おおよそではあるがこの電気的性質を説明できる等価回路を打ち出すことができた。
実験で示される電気的性質は以下の通り。
@周波数に依存して素子のインピーダンスが一次的に増加する。
A素子を金属でシールドし漏れ電流の回収によりインピーダンス増加に関する変化の割合が減る。
以上の原因として素子にある寄生インピーダンス(キャパシタンス成分)が原因で素子から電流が漏れていることが考えられる。
設計した等価回路の問題点について、素子の電気的性質を量子力学的なアプローチから攻め、等価回路の性質との接点があることを確認する必要があった。量子論的説明が今後の課題だ。
三宅さんが考えた等価回路が実際に交流抵抗のモデルとして将来使用されることを期待したい。
2009年・土星の見どころ 山本の発表
土星はこの夏「環消失」という現象を迎える。太陽が輪の真横から射すため、あるいは地球が輪を真横から見る位置にくるために土星の輪が見えなくなる現象で約15年ごとに起こる。今回は前者が09年8月11日12時に、後者が09年9月4日22時に起こる。これまでと事情が違うのは、土星周回軌道で探査を続けている米国の探査機カッシーニがいることだ。特に8月11日の環消失時は輪の面に平行に太陽光が当たる条件になるので、人類がこれまで見たこともない画像が撮られることだろう。下はそんな期待を抱かせる二枚の写真だ。出典はそれぞれ下記の通り。
http://www.nasa.gov/mission_pages/cassini/multimedia/pia11651.html
http://saturn.jpl.nasa.gov/photos/raw/rawimagedetails/index.cfm?imageID=188106
いずれも土星の輪の接近写真だが、左の写真の縦長の黒い筋は衛星エピメテウスの影である。右の写真の右端の縦の黒い帯も衛星ミマスの影だ。さらに右の写真には中央の白い筋(Bリングの外縁)に沿って、ギザギザの影も映っている。リングに厚み方向の立体構造があるのだ。これは新発見の事実で今後の研究が待たれる。詳しくはここ。
二次会 日吉駅前中央通り「みのきち」にて
16名が参加してカンパーイ。今日も盛り沢山の例会で、エントリーしたが時間の関係で次回回しになったネタがいくつもあった。YPCは相変わらず活気に満ちている。若手の活躍も頼もしい。
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