例会速報 2023/03/19 県立大船高等学校・Zoomハイブリッド


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授業研究:フックの法則の授業/研究倫理について櫻井さんの発表 
 櫻井さんは、フックの法則に関する授業の広げ方と、研究不正に関することをどのように伝えるかについて、授業研究を行った。以下、櫻井さん自身のレポートから。

 フックの法則は、(つるまき)ばねののびと、ばねを引く力の大きさが比例するという法則として学習し、それ以降にばねが登場したら、フックの法則に従うものとして扱うことしかしない。確かに現象を観察・測定して法則を見出し、表現することが目的であれば、それで十分かもしれない。しかし、物性や構造を考察することも物理のうちだとするならば、あまりに淡泊ではないかと、私は考える。
 

 一般的につるまきばねは、金属が弾性変形する性質を利用していることや、金属線をらせんに巻くことで押し引きの力によって金属線がらせん対称にせん断変形することを利用し、弾性変形する長さを増幅していることが工学的に面白い部分と言えるだろう。また、押しばねや引きばねの違い、引きばねに初張力をつける理由、トーションばねやぜんまいばね、定荷重ばね、板ばねなどの様々なばねの構造と利点についてなど、材料力学の観点から考察すると興味深いことが分かってくる。
 

 これらを取り入れて、弾性力を扱う授業を1時間〜2時間程度に膨らませて、「フックの法則=単に憶えておくべき比例式」という固定された観念を抜け出したい。面白い授業アイディアは無いか、という報告を行った。

 例会参加者からは、「金属に限らず、応力ーひずみが線形の関係にあるならば何でもよく、そこが本質ではないか」「その後の授業で、ばねの変形をみることで力の大きさを測定するのだから、そこに着地できるとよい」というアドバイスがあった。
 

 後半は、研究倫理に関する授業についての報告である。これも櫻井さん自身のレポートから。

 探究学習が本格化し、その成果物として論文を書かせることも多くなり、剽窃などの不正が出てきている。既に大学のレポートや論文においても問題となっていることが、高校に降りてきたと考えることもできるだろう。実験レポートにおけるコピペなどの不正も含め、それがなぜいけないのかを考えるところから始めて、どのように指導していくのがよいか、高校できちんと方針を立ててやっていく必要がある。
 授業は、日本学術会議による「科学研究における健全性の向上について」や、日本学術振興会「科学の健全な発展のためにー誠実な科学者の心得ー」に沿って、様々な資料等を交えながら進めた。主に、研究不正が学問を志す人や社会の障害となってしまうこと、不正の種類と重さ、ヒトを対象とする研究に関する倫理、不正に陥らないための心がけについて授業報告し、よい授業アイディアや教材はないか、また、普段の実験レポートにおいてコピペ等の不正に関する指導はどのようにやっているか、などを参加者に問いかけた。
 

 例会参加者からは、授業に関して「正しく引用する方法についても併せて指導する必要があるだろう」「post truthと言われる今の時代に、授業として取り組むのは価値のあることである」等、レポート不正に関する指導について「参考にしてもいいけど、自分の言葉に代えるようにしなさい」「そもそも自分のためにやることだし、一度始めると抜け出せなくなる、常習性があると説明している」「生徒の到達度によっては、提出するだけで御の字である」などの意見があった。
 櫻井さんは「ちょっと変わった授業をやりたいなと思ってやってみて、思うように行かなかった時、何か足りないなあと思ったときにYPCの授業研究に持ち込むと、精力的に活動している多くの先生方から、科学に根ざした視点からアドバイスをしていただけるおかげで本当に助かっている。また、授業の悩みができたら持ってこようと思う。」と述べていた。
 

スマートカートで水平ばね振り子 鈴木さんの発表 
 センサー付き力学台車「スマートカート」はYPCでは周知の教具だが、最近、水平バネ振り子にできる専用のバネが発売された。これを用いると、水平バネ振り子の運動の様子が瞬時にわかり、非常に効果的である。
 写真のようにセットして、スマートカートをパソコンとBluetooth接続し、データ処理アプリSPARKvueで、位置と速度と加速度をグラフ化する。右のようなグラフがリアルタイムで得られ、生徒からは感嘆の声が上がる。
 カーソルを当てて位相を比較すると、速度0のところで位置と加速度が山か谷になっている。位置と速度で位相がπ/2ずれていることが一目で確認できる。次に台車を2台重ねにして同じ測定をする。1台の時の周期と比較すると、√2倍になっていることが確認できる。
 斜面でも、角度に関係なく釣り合いの位置を中心として、水平の場合と同様の単振動をすることを演示実験で示すことができる。
 

 次に、応用として「両端台車のバネ振り子」を演示する。これは、重心から見て、二つのバネになっているとみなせば、半分の長さのバネで、バネ定数は2倍になり、バネ振り子の周期は1/√2倍になると予想される。重心の位置は固定されないのでずれていくが、速度のグラフでは綺麗に単振動している。周期を求めると1.47倍ほどになっていることが読み取れる。
 例会中に市原さんから、バネの中心をスタンドで固定して振らせる実験をしているとの紹介があった。この実験を行うことで、両端台車のバネ振り子が重心から見たバネの振動だということの理解が深まる。
 

パンタグラフ 山本の発表 
 「パンタグラフ」と言えば、電車の屋根の上にある集電器を思い浮かべる人が多いだろうが、実はこの製図用具Pantograph(全てを/描くもの)がその語源である(写真)。日本語では「伸縮器」とも呼ばれ、原図をなぞることで拡大・縮小した図を描く製図器である。CADが発達し、PC上で製図する時代になって使われることはなくなった。
 

 伸縮の仕組みは簡単な幾何学で説明できる。上の写真で支点Aを含むアームとCのアームは同じ長さで、他端で結合している。これらとクロスする2本のアームと共に、中央に平行四辺形が形成されている。上の写真ではこの平行四辺形の隣り合う2辺の比は1:2になっている。この場合、ABを底辺とする二等辺三角形と、BCを底辺とする二等辺三角形は比が1:2の相似形である。Aを支点として各アームを動かすとき、3点ABCは常に同一直線上にあり、AB:AC=1:3の関係を保つから、点Bが任意の原図をなぞるように動かせば、点Cに付けた鉛筆は3倍サイズの図形を描くことになる。拡大倍率は穴を選ぶ形で10/9倍~10倍まで設定できる。点Bと点Cを入れ替えれば、逆比で縮小もできる。
 

 中央の四角形が平行四辺形でなかったらどうなるだろう、という興味が当然湧くのでやってみた。描かれる図形は傾いたりひしゃげたりする。直線が曲線に変化しているようなので一次変換ではなさそうだ。数学的に追求してみると面白いかもしれない。
 

アインシュタインの万年筆 車田さんの発表 
 銀座の伊東屋(文房具、筆記具の専門店)の万年筆コーナーに、アインシュタインの相対論の原稿原紙を裁断した紙片をキャップトップに埋め込んだ万年筆が展示・販売されている。1本の毛筆で一つ一つ手描きされたというアインシュタインの細密な肖像画が柄の部分にはめ込まれている。
 

 展示されている説明書きによると、世界で限定288本中の1本で、価格はなんと税込み77万円だそうだ。購入しないまでも一見の価値はありそうだ。
 

 キャップトップ部分を拡大してみると、E=mcのcの部分に見える小片が埋め込まれている。「直筆原稿を裁断したなんてもったいない」という声も会場からは聞かれた。
 

あれから12年目の福島 水野さんの発表 
 水野さんはここ数年、3月11日前後の数日は福島にいることにしている。今年もその日は、福島県双葉郡楢葉町にある宝鏡寺で行われた「核兵器の廃絶を求める原発被災地集会」に立命館大学名誉教授の安斎育郎さんたちと参加していた。この寺の住職で避難者訴訟の原告団長でもあった早川篤雄(とくお)さんが昨年暮れに亡くなり、住職不在の中での集会になった。早川さんは生前、毎年訪れる私たちを暖かく迎えてくださり、原発の危険性や避難者が今どうやって生活しているのかなど、詳しく話してくださった。
 楢葉町をはじめ原発周辺地域の放射線量は、除染によって下がってきてはいるが、それでも除染されない地域、例えば今回訪れた双葉郡浪江町津島では、まだまだ放射線量の高い所があった。線量計はある民家の軒下で最高で40μSv/h以上を表示した(写真右)。ちなみに横浜市では0.05μSv/h以下なので、実に800倍以上だ。津島は今でも帰還困難区域に指定されており、住民は元の家に帰れないでいる。また帰還が許された地域でも、住民の多くはインフラが整備されておらず、働くところもなく、放射線量も心配で故郷に帰る決断ができずにいるのが実情である。
 

 原発も原爆もその膨大なエネルギーを発生させる物理的原理は同じである。事故がなくても大量の放射性廃棄物は出る。その処分法も処分地も決まっていないのが実態だ。こんな状況下で原発再稼働や新増設に舵を切る岸田政権の政治姿勢には大いなる疑問を感じざるを得ないと水野さんは思っている。
 宝鏡寺には故早川篤雄住職と安斎育郎立命館大学名誉教授の連名による「原発悔恨・伝言の碑」(写真右)が置かれている。その碑文は以下のとおり。
  電力企業と国家の傲岸に
  立ち向かって40年 力及ばず
  原発は本性を剥き出し
  ふるさとの過去・現在・未来を奪った
  人々に伝えたい
  感性を研ぎ澄まし
  知恵をふりしぼり
  力を結び合わせて
  不条理に立ち向かう勇気を!
  科学と命への限りない愛の力で!
      2021年3月11日  早川篤雄 安斎育郎
 

光電効果 右近さんの発表 
 右近さんは、昨年物理教育研究会(APEJ)で発表した「光電効果の話題3つ」(右近修治、物理教育通信No.191、2023年)より、ミリカンの光電効果の実験に現れる仕事関数はエミッタE(光電子の飛び出る金属極)のものか、カソードCのものかに着いての話を紹介し、その後の展開を報告した。
 ほとんどの物理教員はEの仕事関数であると思っているが、E,Cを電気的に接続することによる接触電位差を考慮すると、Cの仕事関数になる。これはすでにJ. Rudnick, D. S. Tannhauser, American Journal of Physics 44, 796 (1976)等の論文で知られていることで、海外の教科書ではすでに訂正されている。しかし日本の現行教科書を読む限り、適切な修正がなされてはいないようだ。
 現行教科書に掲載されている右下のグラフはミリカンの光電効果の実験から得られるものであるが、そのy切片が仕事関数であると読める。しかしこれは電子の最大の運動エネルギーK0がK0=eV0の関係を満たす場合に正しい関係式である。接触電位差を考慮すると
  eV0+(WC-WE)=hf-WE
の関係が得られる。ここでWC、WEはそれぞれC、Eの仕事関数である。グラフの縦軸はeV0であるので、これから得られるeV0=hf-WCの関係より、グラフのy切片はWCとなる。
 

 

その後右近さんは、高輪中高の吉岡先生より、昨年の香川大学の入試問題で、既にこの関係が扱われていたことを教えていただいた。以下の記事は「2023年受験用全国大学入試問題正解10物理 旺文社」からの引用である。
 

 興味深いことは、旺文社の解答(下左)では、「光電効果はCの仕事関数で決まる」という驚くべき結果について何のコメントもしていないし、頻出問題の扱いにしていることだ。
 右近さんたちは、ちょうど4月に向けて学研から出している「よくわかる高校物理基礎+物理」の改訂版を出すタイミングだったので、該当箇所にコラムとして、この関係を入れることができた(下右)。おそらくこの情報について明記している日本で唯一の参考書だろうとのこと。

 

円内を運動する小球に関する考察の紹介 市原さんの発表 
 市原さんは、ネット上で「鉛直面内で小球が円軌道から離れるときに、どこに落下するか」について、図のような法則性があることを紹介しているサイトを見かけた。紹介元は中国の物理・数学系のサイトで、数学的に楕円と円の関係性によって成立する一般論であるようだ。
 数学的に証明をしている人もいるようである。ブログの記事にしている人もいた。
 もう少し探してみると、見かけられる範囲では青木太一さんという方が、2020年くらいから研究しているようで、日曜数学会で研究発表された記事がまとまっていてわかりやすい。 https://twitter.com/nichimath/status/1630184434522619905
 この日曜数学会の発表動画が、以下の「重力下で円内を質点が跳ねる回数」である。
 https://www.nicovideo.jp/watch/sm39975600
 青木さんがdesmosで作成したグラフ動画もあり、イメージしやすい。
 「覚えておこう」とまで言う必要はないが、θ=60°の場合が2022年の京都大学でも出題されている。大学入試を無関係にしても、この手の内容を面白がれる生徒もいるかもしれない。少なくとも教員は話のタネ程度に把握しておいても損はないだろう。
 

ChatGPTの資料 宮﨑さんの発表 
 最近、功罪どちらのニュースも良く見かける話題のChatGPTについて、宮﨑さんはわかりやすい解説がTwitterに上がっていたと、紹介してくれた。東大の松尾豊教授の『AIの進化と日本の戦略』という記事で、内容は・AIとディープラーニングの進化・ChatGPTとは何か…などだ。
 海外での学校現場の対応や学会の動きなども紹介されている。それによると、ニューヨークやシアトルの公立学校においてはChatGPTの宿題への利用を禁止したという。
 

 また、ChatGPTを用いて科学論文を執筆することを禁止にするとICMLなどが発表した。ただし文章の編集や推敲に活用することは問題ないという。今後も何かと物議を醸しそうなAIの動向である。
 

二次会 Zoomによるオンライン二次会 
 例会本体は、対面15名、遠隔8名、計23名の参加だった。帰宅後18:00から行われたリモートの二次会には8名が参加した。
 例会には参加できなかった上橋さんから、新作の作品紹介があった。「写ルンです」のフラッシュ用電源にコッククロフト・ウォルトン回路を増強して高電圧発生装置を自作し、これまで摩擦電気で行っていたフランクリンモーターやハミルトン風車を駆動した。それぞれものすごい速さで回転する。


 コッククロフト・ウォルトン回路ははじめ8段のものを製作したが、その後10段、13段のものも試作してみた(写真右)。電圧は単純計算では2万ボルトを超え、スイッチに触れるだけで感電するほどだという。危ないのでマネをしてはいけません。上橋さんのYoutube動画はここ


 そのほか、ジャンクホビー工房のAさんを偲ぶ話題や、先頃最高裁で上告棄却となった教員の残業手当を求めた裁判の話題で盛り上がった。



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