例会速報 2023/09/10 川崎市産業振興会館・Zoomハイブリッド


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授業研究:力のつりあいと作用反作用の法則の概念習得に向けて峯岸さんの発表 
 峯岸さんは、『力のつりあいと作用反作用の法則の区別』を単元目標に掲げた授業を行った。授業評価は伊藤先生開発中の概念調査問題を用いた(左図)。結果は、峯岸さんの授業では「作用反作用の法則」の概念習得はできているものの、「力のつりあい」の概念習得は軒並み芳しくなかった。また、定期考査で「力のつりあい」や「作用反作用の法則」の概念習得を確認する問を設けたが(右図)、やはり「力のつりあい」の概念習得率は全体の3割を切っており、教員1年目の峯岸さんはショックを受けた。そこで、今回の授業研究に勇気を出して立候補した。
 

 峯岸さんは、単元の前半は、ひたすら1物体に注目させ「力のつりあい」の概念習得に注力した。導入した教材は、Free-Body Diagramであった(左図)。例会ではFree-Body Diagramの認識がややちがうという指摘があった。接触している物体同士を切り離し、質点としたときに力を図示する方法がFree-Body Diagramであり、接触している物体同士を切り離すだけの方法はFree-Body Diagramとは言わないという指摘だった。
 また、例会参加者からは「物体の輪郭を描くということは、大きさがあるということだから回転とか気にする生徒がでてくる。だから質点で練習させるべき。」という意見の一方で、「教科書や問題集には大きさがあるかのように図が描かれている。生徒が混乱するのを避けるため、物体の輪郭は描いて力の図示を練習させるべき。」という意見も出た。
 Free-Body Diagram(もどき)を様々な状況における静止した物体で練習させたあとは、通常は「慣性の法則」の教材ではあるが、等速の物体が受ける力の図示を発展として行わせた(右図)。これは、今後2物体が登場する状況で力を考えるときに、力がすり抜けたり、保持するという素朴概念を払拭する意図があった。この教材に関しては、「生徒にとって「手の力が残っている」という表現は、物理でいうエネルギーや運動量のような表現をしている可能性がある。エネルギーの導入でも行うように、力に関しても「日常用語の力と、物理で扱う力は異なる」ということを強調してもいいのではないか。」との指摘があった。
 

 単元の後半は、2物体が登場したときに「作用反作用の法則」がなぜか成り立っていて、その法則に基づき1物体に注目した「力のつりあい」を考えると様々なことが分かる、という展開をした。つまり生徒に、「作用反作用の法則」がなぜか成り立つ、ということを認めさせなければならなかった。ここで大活躍したのは、小沢先生の教材「輪ばね付き台車」である(左図)。この教材を用いて、質量や速さを変えた様々な状況で台車を衝突させてみても、ストローの引っ込み具合がいつも同じということを確認させ、「作用反作用の法則」がなぜか成り立つ、ということを認めさせた。その後、右スライドのような問題でピアインストラクションを行わせると、討論前投票では誤答者が多いものの、討論後投票では「作用反作用の法則」の概念を習得していることが分かる。生徒の考えが面白いので、ぜひやってみてほしい。
 

スリーエム仙台市科学館 車田さんの発表 
 車田さんは仙台市の科学館の紹介をしてくれた。3Mがネーミングライツを獲得して「スリーエム仙台市科学館」と呼ばれている。自然史・生態系の展示もあるが、理学・工学系の展示も充実していてかなりの規模である。触って体験できる展示が多く、昔の神奈川県立青少年センター(横浜桜木町)を思い出す。エクスプロラトリアム型の展示である。コロナ対策のため、実験の展示などはボタンを非接触のセンサーに取り換えてあった。科学館職員とボランティアさんが協力をして取り換えたという。
 

 工学系の展示が多いのもこの館の特色だろう。エンジンのカットモデルや、歯車、プーリー、クランク、カム機構など、視覚的にわかりやすい展示が多い。「子供の科学」誌の連載付録の紙飛行機を設計していた二宮康明氏の作になるおびただしい数の紙飛行機のコレクションもある。鳥人間コンテストに出場した東北大学の人力プロペラ飛行機の機体も展示されていた。
 

 東北にゆかりのある研究者、西澤潤一氏(光通信)・田中耕一氏(質量分析)・八木秀次氏(アンテナ)の発明を紹介する展示のコーナーには、TOKIN(株式会社トーキン)のロゴがついていた。東北大学に建設中の放射光施設「ナノテラス」の主要部分を手掛けた宮城県の企業である。仙台ならではの特色がある科学館だった。
 

動画で真空実験 車田さんの発表 
 上記「スリーエム仙台市科学館」の展示の中に真空実験の展示がったので、車田さんはさっそく追試をしてみた。
 科学館の展示は、真空デシケーターの中にベルと天秤があり、右側の皿にピンポン玉が10個乗っていて、左側には分銅を乗せて釣り合わせてある。デシケーターの下には気圧計が設置されている。スイッチを入れるとベルが鳴り響き、真空デシケーターの気圧が下がっていき、音がだんだん小さくなりながら天秤が傾いていくという展示である。ピンポン玉が大気から浮力を受けていることが分かる展示だった。下の写真は車田さんによる追試の様子。
 仙台市科学館と車田さん追試実験の動画はこちら
 

ギフテッドの光と影 車田さんの書籍紹介 

 ギフテッドとは、「計算がものすごく早い」「複雑な絵を描く」「難しいものごとを一瞬で覚える」などの天才的能力を生まれつきもっている人やその能力をさす。この本はこうした天与の才能の「光」の面と、実生活では「話が合わない」「なじめない」「生きづらい」など、個性の強さ、知能の高さゆえの「影」の面の悩みやトラブルに直面する現代のギフテッドたちについてレポートしている。
 車田さんは例会では、第4章の「才能教育」の一節を紹介してくれた。太平洋戦争の末期、原爆開発に遅れていた日本が、英才教育として新兵器開発のため「特別科学教育」を始めたという記録が記載されている。当時の特別科学教育を受けた生徒のインタビューや記録には、講師として仁科芳雄博士、湯川秀樹博士が任用されていたことが記されている。当時の受講生が後に論文として残していた記事もある。当時の授業内容やカリキュラムのことも掲載されている。日本の物理学史の一ページとして紹介する。

電車の一区間で測定してみた・その後 喜多さんの発表 
 喜多さんは、今年6月の例会で「電車の一区間で測定してみた」の報告をした。気になっているのは【線形加速】によるデータである。今回、【新しい実験の追加】で、2つのセンサを選んでみた。【加速度センサー】と【線形加速】である。今までは、それぞれ単独で行っていたものが同時にできるので、比較するのが容易になる。
 電車の測定のとき、等加速度運動になったときに、【線形加速】の方は一定の値を示さず、左図のように、すっと減少する結果になった。さらに喜多さんは、ランドマークタワーのエレベータの展望室行きのエレベータの上昇時の加速度がおおよそ0.75m/s^2であることを思い出し、測定してみた。事前に予想していたグラフは、電車の場合のようにすっと減少するものである。しかし、結果は【線形加速】のものも【加速度センサー】と全く同じであった(右図)。 ますます分からなくなった。
 現時点で思いつくことは、電車の場合の架線を流れる電流による磁場の影響である。電動でないディーゼル車の場合について測定してみたいと考えている。
 

Fontの話 宮﨑さんの発表 
 宮﨑さんは最近、物理の数式をきれいに書けるというTeXで苦労していて、Wordなら簡単なのではと思い書いてみると、なんだか落ち着かない。gやvが美しくないなと感じるのだ。ワープロで物理の式を書いた経験がある人なら誰しもが感じていることだろう。
 Wordの[挿入]>[数式]だと、初期設定がCambria Mathというフォントなのでだろうと、フォントを変えようとしても元にもどってしまう。名称の一部に「Math」の名があるフォントをインストールすると[数式]の中で選べるようになる。
 宮﨑さんは、Latin Moden Math、DejaVu Math TeX Gyre、TeX Gyre Schola Math、TeX Gyre Bonum Mathなどをインストールして比べてみた。
 

 他にもMath付きフォントはあるが、宮﨑さんは、Latin Moden Mathにして使っている。Wordの[数式]でなければ、フォントをGeorgiaにするとよいと思う。
 

 次にUD(ユニバーサルデザイン)フォントの話。宮﨑さんは、弱視や読み書きにハンディのある人にも読みやすい書体の調査で「UDデジタル教科書体」が読みやすいという結果を得たというニュースをネットで知った。教壇に立っている人にはすでに周知のことかもしれない。調査の詳細は「慶應大学中野泰志教授、UDデジタル」で検索すれば資料が得られる。
 結論としてはモリサワの「UDデジタル教科書体」が読みやすいという。ただ5つの(教科書などで使われる)書体の比較調査のようだが。「教科書体」は指導要領に準拠の字形だという。これらのフォントはWindows10の途中からバンドルされている(つまり無料)。プリントに使用するにはUD デジタル 教科書体 NP-Rが良いようである。教科書体にこだわらなければ、「BIZ UDPゴシック」などが読みやすいという。
 

英国Aレベル物理・実験と実験問題 山田さんの発表 
 山田さんは英国の物理教育事情について紹介してくれた。英国では大学入学資格(Aレベル)を取得するためには、16歳からの2年間、6thフォームの課程で学ばなければならない。物理はこの2年間にAS、A2という2つの教程をこなす。合わせて300時間ぐらいだ。その内容は日本の高校物理と比べるとかなりレベルが高い印象で、特に実験や測定を重視している。
 

  必修実験では、機器の操作のみならず、対数グラフも含めたグラフの活用や、測定に伴う不確かさの処理など、データ解析のスキルが徹底的に訓練される。日本の高校物理では大きく欠落している部分だ。一例として重力加速度を測定する実験を見てみる(右図)。2つの光ゲートで自由落下する鉄球の通過時間を測定する。上の光ゲートは固定し、下の光ゲートを移動することでゲート間の距離hを変化させて測定する。
 

  データ処理のしかたとして示されている式やグラフは、日本ではあまり見かけない書き方がされている。グラフの傾きが重力加速度gになるというわけだ。左図下の囲みに示されている、一次関数との対比で、日本ではy=ax+bと表記するところを、y=mx+Cとしているのが面白い。英国では「傾き」はmであらわすのが習慣らしい。グラフの軸ラベルの表記も、物理量を単位で割り算して「無次元化」する処理がきちんと行われている。日本の高校物理教科書では全く見かけない表現だ。この解説の後には、データのばらつきをどう処理するかという説明が丁寧になされており、測定後のデータ処理の手続きを訓練する教程が確立されている。
 右図は同じ単元の試験問題の例である。実験を前提としてその後処理を問う問題構成になっている。
 

  左図は上の問題のデータ読み取りの説明図。回転する棒(剛体振子)と自由落下する球が衝突した位置が感圧紙上に記録されるという想定だ。この落下距離dのデータから異常値をはじき、dの平均値を求める。平均値を計算する前に、外れた測定値を取り除くことは適切とされている。その判断の基準として、測定値の中の(最大値-最小値)/2を不確かさの範囲と考える。計算過程での誤差の伝搬の学習もしっかりやるようである。
 日本ではデータ解析や不確かさの計算は大学の実験学で学ぶのが一般的で、大学入試問題に実験に関する筆記問題が出題されることはない。英国の教程の例は、実験や測定という視点から高大接続を考える上で大いに参考になるものだ。
 

二次会 Zoomによるオンライン二次会 
 例会本体は、対面12名、遠隔9名、計21名の参加だった。帰宅後20:00から行われたリモートの二次会には7名が参加した。ドリンク持参のオンライン二次会でも物理談義は続く。
 当夜話題になったのは、中学校教科書における「力のはたらき」の記述である。YPCでは以前にも何度か議論されている。多くの中学校教科書では力のはたらきとして、「物体の形を変える」「物体の動きを変える」に加えて「物体を支える」がリストしてある。「支える」は重力の存在を前提としていて、ニュートン力学における「力の定義」にはなじまないだろうという議論である。学習指導要領にもこの記述はない。出版社が勝手に追加しているのである。ただ1社、教育出版だけは「支える」を採用していない。他方、大日本図書は「物体を持ち上げたり、支えたりする」としている(左図)。これでは高校物理への接続で混乱が生じる。
 関連して、物理と数学の接続の悪さも話題になった。数学では原則として無次元量で考えるが、具体の問題に適用する例で断りなく単位を省略しているのはなんとも気持ちが悪い。右図のような問題を式に書くときに、せめて「円」をつけたり、省略されている個数「×1」をあらわに書いたりすることはできないものだろうか。数学の教育界ではこうしたことは全く話題にならないようである。


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