例会速報 2021/05/16 Zoomによるオンラインミーティング


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授業研究:物理基礎の熱学 勝田さんの発表
 勝田さんは、物理基礎の熱分野の授業報告をした。
 単元を通しての大きなテーマは,「熱と温度を区別する」「高温の物体から低温の物体に熱が移動して熱平衡になることを用いて,身の回りの現象を説明できる様になる」だ。勝田さんの物理基礎の授業は,4月冒頭に熱から入り,全部で7時間を充てる。
 1時間目は,温度の高低と自分の感じる温冷が必ずしも一致しないことを実感させるために,片手を氷水と風呂の湯にそれぞれ入れてから,室温の水に入れてみる。(左図)氷水に入れていた方の手は,温かく感じるが,風呂の湯に入れてた方の手は冷たく感じる。同じ温度でも,暖かいとか冷たいと感じるわけだから,温度=温冷の度合いというのは,必ずしも成り立たない。
また,お湯と油の層を分離させて,別々に温度を測定することにより,「異なる温度の物体が接触すると,必ず間のどこかの温度に落ち着く」という「熱平衡」のモデルを導入する。(右図)これは,全ての熱現象を考える上で,最も基本的で出発点となる実験事実だ。
 

 2時間目は,机の上に置かれたゴムとアルミ板をそれぞれ触らせ,どちらが冷たいかを確認してから,「その上に氷を乗せたらどちらが先にとけるか?」という課題を出す。(左図)アルミの方が冷たい=温度が低いと思い込む生徒が多いが,アルミの方がすぐにとけ,しかも板全体がすごく冷たくなる。この実験事実を元に,熱伝導率を導入する。学習指導要領範囲外ではあるが,熱い・冷たいといった感覚に対し,熱と温度を区別しながら身の回りの現象を考える上で必須である概念なので,2時間目で扱う。
 

 3時間目は,熱の定量化を行う。3つの実験(下の「熱と温度の関係」①~③)をもとに考える。「お湯と水を 100 g ずつ混ぜると何℃になるか」「お湯を 100g, 水を200 g にして混ぜると何℃になるか」という課題から,温度変化と熱量が比例すること,温度変化に必要な熱量は質量に反比例することを見出す。さらに,「お湯と油を 100gずつ混ぜると,中間の温度より高くなるか?低くなるか?変わらないか?」という課題から,温度変化に必要な熱量は物質ごとに異なることを確認する。この3つの実験から自然に,「基準となる物質1g の温度を 1℃ 上昇させるのに必要な熱量」を1とするような単位系 cal を導入し,他の物質に対しては「比熱」を導入できる。
 現在は SI 単位系に統一されているので,熱の単位はJであるが,勝田さんは「1」がどのような動機で定義されたか説明できない単位系で学び始めるのは,教育的ではないと考えていて、あえてcalを導入している。
 4時間目は,これまでの知識を活用する課題。ここでは割愛。
 

 5時間目は,状態変化に伴う潜熱と温度変化について学ぶ。まず,温度センサを水中に固定して容器ごと凍らせたものを,断熱容器の中の水に沈め,温度の時間変化を測定する(右下および下段の左図)。測定結果から,状態変化の最中には温度変化が生じず,状態変化それ自体に熱量が必要だということをモデル化する。
 その後,課題として「水を湯煎にかけたら沸騰するか」という課題(下段右下)に取り組む。この時,湯煎にかけられた水は,沸点には達しているが沸騰していないということを,温度の測定でバチッと示したいのだが,今のところうまくいっていない。「沸騰するときの泡は,必ず鍋底から出る」とか,「天ぷらはなぜ水でなく油で調理するのか(実演動画あり)」といった経験事実と組み合わせて納得してもらえるが,アイディア募集中とのこと。
 この後は,熱膨張や,熱と仕事,熱力学第一・二法則と SDGs などを扱うが,ここでは割愛した。
 

 例会での報告後には,次の様な発言・議論があった。参考のため、ここに記す。
・「カロリーメイト」が「ジュールメイト」にならない限りcalを使い続けると、生徒に言っております。(小沢さん)
・温度を考えるのか,温度差を考えるかによって,以前は使う単位を変えていた。(℃、deg、Kなどの使い分けについて)
・絶対温度はともかく,セルシウス温度は「1℃」に絶対的な物理的意味を見出せない以上,物理量として定義すべきは温度差である。
・湯煎の実験課題は,表面に油膜を張ってはどうか?
・従来の全浸没型の棒温度計だと,沸騰水の温度は 100 ℃を示さない。熱電対やサーミスタをセンサとした温度計だと,割といい値になる。
・物理 B では熱伝導率を扱っていた。
 勝田さんのスライド資料(PDFファイル7.6MB)はここ
 

中学校の教科書では力をどのように教えているか 市原さんの発表
 この4月から中学校の教科書は新学習指導要領準拠版が一斉に使われ始めた。市原さんはさっそく、中学校一年生で習う「力」に関して、教科書会社5社を見比べてみた。すると、色々と違いがあることがわかったので整理してみた。
 まず、力のはたらきとして、「変形させる」「運動のようすを変える」に加えて「物体を支える」の3つを挙げている会社が4社あった。高校の物理基礎のように「支える」が無い会社は1社だった。これに関しては、これまで「力のつり合い」が中3にあったので、仕方なく「支える」が登場してしまっていたと思うのだが、今回の改訂では「力のつり合い」は中1に降りてきている。従って「支える」をわざわざ力一般の「はたらき」にする必要はなくなったはずだ。
 市原さんは、高校への接続を考えると「支える」は無い方が良いと考えているが、という投げかけをしてみたところ、中学を教えている先生からは「これまで困ったことは無い」との答えが返ってきた。なお、例会に出席した高校関係者は市原さんと同意見だった。
 次に、力の一般的な名称を羅列するところと、力のつり合いの関係を調べた。「力のつり合い」を学んだあとに、そのつり合いを使って垂直抗力を発見する、という立場をとっている会社が4社、つり合いをやる前に名称を押さえている会社が1社あった。網羅的に整理されているという意味では、力の名称一覧が別ページにあるよりは、まとまったページにある方が、見やすいのは理解できる。かといって、力の名前も出さないでつり合いについて語るのも、なかなかに難しい。力のつり合いを学んでから、垂直抗力を発見するという流れは、展開しやすいだろう。各社、塩梅を探っているように感じたが、どう感じられただろうか。
 初めて中学を教える市原さんは、「中学の教科書を全て見比べるといろいろな発見があって面白い。基本で、やはりオススメの教材研究だ。」と語った。市原さんの発表資料(PDFファイル125KB)はここ
 

「浮力」の「発生」を見る実験~超撥水シートを使って~ 夏目さんの発表
 理科教育の世界では「浮力論争」というのがあって時折盛り上がる。夏目さんはそれを聴いていると、当人の熱意あふれる「対立感」とは別に「結局は同じことを言っているなあ」という感想を持ってしまうという。
 水の中では、重力によって水が積み重なっている。これによる圧力が物体にもたらす作用は応力で表現するのが適している。これは物体の各面積要素に働く単位面積あたりの力である(左図)。応力の大きさは水面からの深さで決まる。これらの応力の分布の結果として「浮力」という表現があるに過ぎない。夏目さんは、その点を踏まえて、底面の状況による物体の沈みと浮き上がりを実験してみた。ただし、底面に化学的な接着性があると議論が発散するおそれがあるので、底面にはっ水性だけを与えた。しかも、ちょうど1分ほどで状況が変わるのでイベントにも適している。
 

 右上のような材料を準備する。水を着色すると見やすい。容器の底にはっ水シート(ヨーグルトの内フタの裏側に貼ってあるもの)を貼る。次に、密度が水より小さな物体をその貼ってあるテープに乗せて、押さえつけながら水を注ぐ。
 すると物体は左下の図のように、そのまま底についていて浮かんでこない。底面に少しずつ水が入り込んで、数十秒後に右下の図のように浮かび上がる。これは、底面に入った水がコップ内の水と連結性を持ったとも言える。はっ水テープに秒速300マイクロメートル程度の速さで水が入り込んでいることになる。
 

 左図(コントラスト補正あり)は、はっ水シートの表面の突起構造である。定規の目盛りは1ミリメートルなので、約300マイクロメートルの突起模様のように見え、1秒に1列浸透する物性ダイナミクスとしても興味深いものがある。
 発展課題としてロウを塗るとか「はっ水スプレー」の利用も考えられる。なお、本年3月例会の阿部氏によるすばらしい実験と深い考察も思い返してほしい。


簡単に作れる「黒板の上を動くプラ電車」 天野さんの発表
 天野さんは、DAISOのプラ電車(駆動車)の車体底面に、同じくDAISO超強力マグネット13mm(4個入)を2つ接着剤でつけて、黒板上を走る電車を製作してみた。中学校の運動の単元で、等速直線運動の例として見せたいと思った。アルカリ単三電池で黒板上を走らせてみると、黒板に貼りついて走るが、コースが水平な直線にならず、下へカーブしてしまった。マグネットを、3つにすると、鉄板では水平に進むが、黒板では上に曲がって進むようになってしまった。左右の車輪に加わる力が同じにならないためだと思われる。
 

偏光の実習 西尾さんの発表
 西尾さんは、大学で今年度から始まった1年生対象の物理・化学・生物・数学を包含する基礎科目の中で、希望者を募って好きなテーマで実験・実習を実施できる時間が用意されたので、物理で手を挙げて2つのテーマで行った。例会で発表したのは、そのうちの1つ「偏光」をテーマにした授業の実施前報告である。なお、化合物の分析に旋光や円偏光を用いるため、偏光は薬学の専門科目でも使う物理の内容である。
 

 授業内容として予定していたのは、以下のようなものである。
①2枚の偏光板で基本的な偏光板の性質を確認する。
②直交ニコルの偏光板の間に3枚目の偏光板を入れて回転させた場合の明るさの変化を予想させてから、確認する。
③1枚の偏光板でガラス面などからの反射光を観察し、その特徴を考察する。
④青空からの偏光を観察し、その特徴を考察する。
⑤CDによる円形の虹をスマホで観察する。(続く光弾性の干渉色の実験に関連)
⑥2枚の偏光板の間に、透明なプラスチック製品を入れて観察する。
⑦2枚の偏光板の間に、ポリ袋の切れ端を入れて引き伸ばして観察する。
⑧1枚の偏光板で、液晶画面を観察する。
⑨2枚の偏光板の間に、プラスチックフィルムに貼ったセロハンテープを入れて観察する。
⑩ブラックウォールを観察し、そのしくみを考察する。
 

 これらのうち、④は当日が曇天だったために実施できなかった。また、実習の最後には、レポートを提出しに来た学生一人一人に対して、テクナメーション(回転する偏光板を用いて明暗が動いて見えるようにするしくみ)を観察させ、その仕組みを考察するように促した。ただ「考えてみよう」と呼びかけただけにもかかわらず、事後に一人の学生がそのしくみについて考察したメモを自発的に送ってくれたという嬉しい出来事があった。
 

二次会Zoomによるオンライン二次会
 例会本体には34名、二次会には12名の参加があった。二次会では自由に話題が展開する。眼内レンズ挿入手術の報告やら、中学校でこの春から使われ始めた新しい教科書の話題やら、パラレルワールドの話まで、どんどんワープする。気がつけば時間もワープして、夜の11時になっていた。


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