福島県高等学校理科部会理科研究大会講演要旨(1998/09/10)

「ネットの交流がもたらしたもの」

神奈川県立湘南台高等学校 山本明利

●はじめに

 本日は福島県理科部会理科研究大会にお招きいただき、ありがとうございます。また、8月の水害で被害に遭われた皆さんに、心からお見舞い申し上げます。
 私たちYPC(横浜物理サークル)が本日ここにうかがっているのは、まさにネットが取り持つ縁と言えます。インターネットやパソコン通信は、空間と時間の制約を乗り越えて、人と人を結ぶ架け橋なのです。

●NIFTY-SERVE【理科の部屋】の紹介

 宮崎さんは主にインターネットのWWWのお話をされましたから、私はパソコン通信のご紹介をしましょう。WWWのホームページが画像+文字でポスターのように提示されるのに対し、パソコン通信は主として文字情報のやりとりです。しかし、WWWが現段階でまだまだ一方通行の情報発信にとどまっているのに対し、パソコン通信は基本的に双方向メディアです。インターネットが普及する以前から、パソコン通信の歴史は始まっていました。ここでは、商用パソコン通信の草分けであり、現在でもわが国最大手のNIFTY-SERVEを中心にご紹介することにしましょう。
 パソコン通信の主体は「電子会議システム」です。NIFTY-SERVEではフォーラムというテーマ別のカテゴリーがあり、各フォーラムごとに話題を絞った複数の会議室が設置されています。ある人の発言(書き込み)はサーバー上に掲示され、会員は随時これを読むことができます。他の人の発言にコメント(レスポンスとも言います)をつけることもでき、発言の関係がツリー構造で記録されていきます。発言は全ての会員に公開され、だれでも気軽にコメントをつけることができます。こうしたやりとりの中で話題が発展していくのです。
 NIFTY-SERVEの教育実践フォーラムFKYOIKUSの5番会議室【理科の部屋】は、数ある会議室の中でも最も活発で、全国の理科教員の他、理科教育に関心を持つ社会人、学生が集います。自治体の垣根や校種・職種の壁を乗り越えた自由な討議がそこでは行われています。研究現場のプロの方々から直接お話をうかがえるのも、パソコン通信の醍醐味です。【理科の部屋】は貴重な情報満載の宝の山だと言えます。

●ネットから生まれた新しい教材

 【理科の部屋】が生んだ、あるいは【理科の部屋】がきっかけで普及した実験教材の例を見てみましょう。これらは後ほど、「実験の部」で実際にご覧いただきます。

 まず、磁気浮上ゴマ、U−CASの話題。フォーラム改装前の旧【理科の部屋】時代の1995年元日の私の書き込み
#03110 95/01/01 U−CASを浮かす
がきっかけで話が始まります。空中浮遊する不思議なコマをめぐって、その原理解明に多くの人たちが乗り出し、情報交換をします。途中、阪神淡路大震災という災害に見舞われながらも、気をとりなおして探求が進みます。当時の足跡を振り返ってみましょう。

#03111 95/01/01 最初のレス。高木さんからさまざまな疑問が提示される。
#03135 95/01/03 台の中身はリング型フェライト磁石ではという天神の予想。
#03200 95/01/08 楠田さんより『たのしい授業』1月号の記事情報。
#03224 95/01/09 玄武さんによる磁力線の図、初掲。以後の議論の核となる。
#03229 95/01/09 天神の磁性流体による磁界の観察報告。
#03274 95/01/13 桑原さんの台の中央の磁界に関するコメント。
#03296 95/01/14 真空中での実験報告と問題提起(天神)
#03336 95/01/17 U−CASのコマがフェライトリング磁石の上に浮く(天神)
#03338 95/01/18 VECTORさんから台の中身は「食パン状」との報告。
#03357 95/01/20 天神も台を分解。「リング状」の予想は裏切られる。
#03412 95/02/02 天神による真空中のU−CAS精密?測定。最長8分7秒。
#03421 95/02/03 バランスウェイトの質量精密測定(天神)
#03454 95/02/07 長時間滞空のコツと改造法(RAKUさん)。空気中で4分!
#03456 95/02/07 「U−CASの力学」書き込み(天神)
#03516 95/02/14 天神によるコマの自作報告。Y−CASの誕生。
#03569 95/02/16 石川さん、排気盤による真空実験の報告。5分35秒。
#03669 95/02/25 楠田さんによる授業実践報告。
#03687 95/02/28 神崎さんからいくつかの問題提起。台秤の実験報告。
#03729 95/03/03 同上への天神のコメント。温度変化について。

 原理の解明が進む中で、「それなら自作も可能だろう。」ということで誕生したのが完全自作版U−CASです。YPCにちなんで名付けて「Y−CAS」。コマの空中浮遊が超能力でも奇跡でもなく、比較的単純な物理に基づくことを示したのでした。

 同じ年の冬、鵠沼こと右近さん(神奈川・YPCメンバー)が一つの重要な発言をします。檀上さん(大阪)との超小型卓上ビデオカメラの授業利用をめぐる対話の中での発言でした。

#05411 95/12/03 鵠沼 RE:卓上ビデオカメラの効能

 卓上ビデオカメラによる日食シミュレーションの話題にからめて、鵠沼さんは前月のYPCの例会で初めて見た「虹スクリーン」の話題を出すのです。これを受けて、同じ日のうちに檀上さんが、虹スクリーンを兵庫(当時)の足利さんから見せてもらったことに触れると、同夜、虹スクリーンの開発者で本家本元の浜崎さん(鳥取)が初登場し、事態は急展開します。幻の粉「虹ビーズ」の入手に道が開けたのです。
 浜崎さんから分けていただいた虹ビーズでYPCはにわかに盛り上がり、明けて1996年には、ネットを通じた虹ビーズ配布大作戦が敢行されます。電子メールで注文を受けて発送した虹ビーズは、私が扱った分だけで約300件にのぼりました。以来、「人工虹」は理科教材として定着したのです。

 さて、先の鵠沼さんの発言にはもう一つの重要なキーワードが含まれていました。鵠沼さんは、卓上ビデオカメラを相対運動、特に落下エレベーターの実験に使ったらというアイデアに言及したのです。コードの処理が技術的な課題でしたが、翌朝、薬師こと阿部さん(北海道)がビデオトランスミッターを使って画像をワイヤレス送信するというアイデアを提唱したのです。私はこれを読んではたと膝を打ちます。「学校には道具がそろっている、すぐに実行だ!」その日のうちに、落下箱+小型カメラ+トランスミッターでさっそく予備実験を行った私は、その夜

#05460 95/12/04 天神 小型カメラつき微小重力実験室

という報告を上げたのでした。この実験は後ほどVTRでご覧いただきます。鵠沼さんの発言は枝分かれして、それぞれに大きな実を実らせました。三人よれば文殊の知恵。一人だけでは果実は実らなかったかもしれません。

 昨年のこの大会で二本松の山本央明さんが紹介された、速度測定器「ビースピ」も【理科の部屋】の発言がきっかけで世に出たと言えます。最初の紹介者は前出の薬師さんでした。

#17308 96/11/27 薬師 加速度測定の実験

 薬師さんは、北海道新聞の記事で「ビースピ」の開発記事を見かけ、製造元のハドソンにコンタクトしていち早くビースピを入手、12月の北海道物理教育学会でデモンストレーションを行い、好評を博します。私はこの書き込みを読んでマークしていました。そして年明け早々、玩具店の店頭に出はじめたビースピをGETして、

#18588 97/01/10 天神 BeeSpi(ビースピ)

で詳しく紹介します。同月下旬には、電子メールで市内某店での棚卸し品安売り情報をつかみ、在庫166個をまとめ買いしてYPCに配布しました。このころから、ビースピは力学の必須アイテムとしてブームになっていくのです。

 最近のヒット作で、化学ネタの「カレー粉試験紙」をご紹介しましょう。山田さん(大阪)が

#26434 97/10/01 山田善春 中華麺の色が変る?!

で、鉄板で焼きそばをするときターメリックを振ると赤くなることを報告しました。すかさず伊笠 摩耶こと山崎先生(電通大)が、ターメリックの色素がクルクミンで、かつてpH指示に使われていたことを指摘します。これが結実するのは翌年になりますが、YPCメンバーでもある高杉さん(神奈川)が

#32861 98/03/13 たかすぎつよし カレー粉試験紙

でカレー粉試験紙を開発したことを報告し、同時にYPC例会でも発表します。カレーの色がついた布巾を石鹸で洗うと赤くなる、というお台所をあずかる主婦の間ではかなり有名だった現象が、化学の教材としてデビューした瞬間でした。山田さんは、このほかにもたくさんのアイデアを発信しておられますが、今日はそのうちの一つ、「ストロー君」の実験もご覧に入れます。

●ネットの向こうに人がいる〜オフ会の楽しみ

 ネットの会議室を通じて交流しているうちに、一種の連帯感がわいてくるのは不思議なものです。顔も知らない相手と心が通じ合うのです。インターネットやパソコン通信というと部屋の隅で一人ディスプレイに向かう「オタク」という、暗いイメージを持たれる方が多いようですが、実態は決してそうではありません。ディスプレイの向こうは人のぬくもりのある明るい世界なのです。
 ネットを通じての交流は電話回線を通じたオンラインのつきあいですが、回線を離れて、人と人が直接出会って交流を深めることを、この世界では「オフラインミーティング」もしくは「オフ会」などと言います。ネットで交流するうちに本人に会ってみたくなるのです。【理科の部屋】でも折りにふれオフ会が催されています。
 私たちが今日こうしてここにいるのも、オフ会が取り持つ縁でした。96/02/11に神奈川県の柏陽高校で行われた【理科の部屋】の「湘南オフ」に山本央明さんが福島県からはるばる駆けつけてくださったのです。おりしも、関東は大雪が降り、交通機関がマヒしている中を、はるばるおいでくださったパワーに感動し、いやが上にも連帯感が高まったのでした。
 オフ会では初めて出会う者どうしがまるで旧来の知己のように親しみを持ってつきあうことができます。ネットが人と人を結んでいたことを実感するときです。【理科の部屋】には教員のみならず、各界のプロの社会人もエントリーしていますから、そういう人たちの案内で得難い経験をさせていただけることもあります。【理科の部屋】のオフは、ただの懇親会ではなく研修会であることが多いのです。

大島オフ気象庁オフ中村理科でのオフなどをWebで紹介)

 インターネットのWWWは、現時点ではどちらかというと一方通行のメディアだと思いますが、それでもホームページを開いていると、思わぬところから反響があります。教育とは全く無関係な会社の開発担当者や、海外の商社から問い合わせが舞い込むこともあります。いろいろな人が私たちのページをのぞいているんだなあ、インターネットは世界につながっているんだなあ、と改めて驚きます。
 繰り返しますが、ネットは「オタク」な世界ではありません。ネットは人と人を結ぶ手段でしかありません。しかし、その「手段」によって、私たちはあらゆる垣根を乗り越えることができるのです。
 ネットの向こうに人がいる。今、私たちはそれを実感しています。

●インターサークル構想

 YPCは全国の物理サークルに先駈けて、ホームページを開設し、インターネットで情報発信を始めましたが、今や、多くの理科教育関係のサークル・団体が、WWWやメーリングリストを通じて情報の発信を行っています。YPCのページからリンクしているのは物理サークルが多いのですが、その活発な活動ぶりを見てみましょう。

YPCのリンクページから、物理サークルほっかいどう、極地研、埼玉よせなべ物理サークル、岐阜物理サークル、寝屋川理科サークル、onsen、兵庫物理サークル、インターネット版【理科の部屋】などをネットサーフィン)

 インターネットは中心組織を持たないシステムです。各単位細胞がそれぞれの役割を果たしながら最小限のルールで緩く結びついて、世界を覆う巨大なネットを構成しています。そしてそれは世界を変えてしまうほどの大きな影響力さえ持つようになりました。
 私は、全国の理科サークルが互いに情報交換をしあいながら、互いを尊重しつつ緩やかに連帯していけたら、理科教育にとって大きな力になるのではないかと思っています。インターネットをもじって「インターサークル構想」と呼んでいるのですが、その胎動はすでに始まっていると思います。中央集権的な旧来の学会活動が時代と共にその変革を迫られる中、現場の実践に支えられた下からの運動がわき起こりつつあるように思います。地域に根づいたサークル活動がネットを通じて連携し合って、新しい理科教育を作るのです。

●これから始められる方へ

 最後に、これからインターネットやパソコン通信を始めようと考えている人へのアドバイスを一言。今では、パソコンを買えばインターネットやNIFTY-SERVEに接続するための装置(モデム)やソフト(ブラウザ)はあらかじめ組み込まれてついてくるようになりました。あとはご家庭の電話のコンセントにパソコンとの接続ケーブルを差し込むだけです。
 NIFTY-SERVEの【理科の部屋】のような会議室も利用したい方は、まずNIFTY-SERVEに入会されるとよいでしょう。NIFTY-SERVEはプロバイダ(インターネットへの接続業者)としてのサービスも提供していますから、月々2000円で両方の環境を手に入れることができます。ホームページだって開けます。それによる追加料金はありません。
 地元のプロバイダを通じて、あるいは学校の専用線で、すでにインターネット環境をお持ちの方は、インターネットからNIFTY-SERVEを利用することもできます。ただし会議室にはいるには、NIFTY-SERVEとの契約が必要になります。
 いずれにせよ、ネットワーク環境はすぐにでも手に入ります。すでにパソコンをお持ちの方は、今夜にでもさっそく始めてみませんか?
 それではネットでまたお会いしましょう。お待ちしています。


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