「虹スクリーン」で教室に虹を (PDF版365KB)
雨上がりの空にかかる虹の美しさは古来人類の心をとらえてきた。この虹を教室内に持ち込み、随時手軽に観察できるようにする教材化の試みが、名城大学内川英雄教授、鳥取大学附属中学校浜崎修教諭らによってなされ、水滴をプラスチックの微小透明球「虹ビーズ」に置き換えた「人工虹スクリーン」が考案された。虹スクリーンを用いると、点光源による人工虹を観察することもできる。このとき生じる虹は、平行光線によって生じる天然の虹では見られない興味深い振舞いをする。人工虹は、小・中学校はもとより、高等学校の探究活動の教材としても活用し得る話題を豊富に含んでいる。
●虹の原理
光の屈折は物質の境界で光の速さが変わることによって起こるが、物質中を進む光の速さは色によって異なるので、色によって屈折の仕方がわずかずつ違って、白色光はスペクトルに分かれる。これが「分散」と呼ばれる現象である。可視光線が空気中や真空中からガラスのプリズムに入射するときは、図1のようにより波長の短い紫の光の方が大きく屈折する。
雨上がりの空にかかる虹も太陽光線が分散を起こした結果生じるスペクトルだが、このときプリズムの役割をはたしているのは空中の水滴である。水の球に太陽の光が入射すると、図2のように表面で屈折して内部に進入した後、一部が内面で反射し、再び表面で屈折して外に出てくる。この二回の屈折で光はスペクトルに分かれる。なお蛇足ながら、球内での反射が全反射であるとの誤解がしばしば見られるが、図を描いてみれば容易にわかるように、外部から入射した光は決して全反射を起こすことはない。大半の光は反射せず、レンズを通る光のように後方へ透過する。
球内で1回反射して出てくる光が最も強め合う方向は、(中心を通る場合を除けば)赤の光でおよそ42゜、紫の光で40゜となる。このため天然の虹は赤が外側、紫が内側の円形のアーチを描く(図3)。太陽を背にして霧を吹くときに見られる虹もこれと全く同じものである。
●虹スクリーンが作る人工虹
内川・浜崎両氏が開発した虹スクリーンでは、上記の水滴の代わりに直径0.2〜0.3mmの透明プラスチック球、「虹ビーズ」を用いて虹を作る。原理は水滴の場合と同じだが、プラスチックの方が屈折率が大きいため、虹の角度は赤の光で17゜、紫で14゜と小さくなる。このため虹のアーチはコンパクトになり、虹が円形をしていることが容易に観察できる。
虹スクリーンによれば、水を用いることもなく、太陽光線に頼ることもなく、室内でいつでも手軽に虹を楽しむことができる。虹スクリーンは、一目見れば誰もがとりこになる魅力的な教材である。動機づけには最適だ。
【写真1】顕微鏡で見た虹ビーズ(メッシュは0.1mm) 【写真2】大きさはやや不揃いだが、美しい真球だ。
●虹スクリーンの作り方
用意するもの
虹ビーズ(入手法は後述)
スプレー糊(3Mの55タイプ、77タイプ等)
黒い紙(ラシャ紙、画用紙、模造紙等)
古新聞、ビニールシート等
(1)床に大きめのビニールシートなどをしく。(こぼれたビーズを受けるため。)
(2)別の場所に新聞紙をしく。(飛び散ったスプレー糊を受けるため。)
(3)新聞紙の上に黒い紙を置く。
(4)20cmぐらい離れたところから、黒い紙にスプレー糊をむらなく吹きつける。
(5)黒い紙をビニールシートの上に移す。
(6)虹ビーズをまんべんなくふりかける。適当にばらまいたあと、黒い紙の両端を手で持って、虹ビーズを転がすようにしていきわたらせる。
(7)黒い紙を立てて、浮いているビーズをはらい落としてできあがり。
なお、ビーズが目に入ると角膜を傷つけるので注意する。また、床にビーズが散ると非常によくすべるので、散ったビーズは掃除機でよく吸い取る。
●人工虹の観察
明るい光源を背にして虹スクリーンを眼前にかざすと、自分の頭の影を中心に後光のような虹の輪が見える(写真1,2)。外側が赤、内側が紫になることや、輪の内部が明るいことなど、つかの間の天然虹ではなかなか気付かないこともつぶさに観察できる。
この後光はいわゆるブロッケン現象と似ているが、原理は全く異なる。虹スクリーンが示す虹はあくまでも虹であって、虹角が小さいので後光のように見えるだけだ。天然の虹も雄大な円形なのである。
【写真3(左)】背後から光を受けて虹スクリーンの前に立つと、頭の影のまわりに「後光」がさす。
【写真4(右)】魚眼レンズでとらえた「虹のトンネル」の内部。明るいスペクトル(右)と、円形の人工虹。
光源は太陽が出ていない場合には、スライドプロジェクターやOHPなどで代用できる。100W程度の裸電球を用いてもよいが、必ずクリヤー球(ガラスが透明ですりガラスになっていないもの)を使用し、できるだけフィラメントが短いものを選ぶ。点光源に近い方が鮮やかな虹が見える。電球ではやけどに注意する。工事用のハンドランプを使用すると安全である。
【写真5】光源を虹スクリーンの前にかざすと「立体虹」が見える。
ろうそくやペンライトのような小さな光源を虹スクリーンの前にかざしてみよう。光源を取り囲むように虹が見える(写真5)。まるでシャボン玉のように光の球が空中に浮かんで見える。神奈川・柏陽高校の右近氏が「3D立体虹」と呼んだ幻想的な現象である。左右両眼が虹を見る位置にわずかなずれを生じることによる疑似立体効果である。
さらに、比較的明るい点光源を目の横に置いて虹スクリーンの近くに立ってみよう。楕円のようないびつな形をした内側が暗い虹が見えるだろう(写真6)。しかも、色の順番が逆になっている!筆者はこれを「裏虹」と名づけた。目と光源の位置関係で虹は激しく形を変える。立体虹も裏虹も点光源による人工虹特有の現象で、天然の虹では決して見ることはできない。
【写真6】トンネルの天井に現れた「裏虹」(魚眼レンズで撮影)。
●虹のトンネル
横浜物理サークル(YPC)では、「青少年のための科学の祭典全国大会」(於科学技術館)に1996年から「虹のトンネル」を出展している(図4、写真7)。虹スクリーンを内部全面に貼りつけた暗室通路である。目下「世界最大の人工虹施設」であると自負している。
【写真7】「虹のトンネル」の全景。全長9m、幅2.7m。
内部を通過する観客は、視点の移動に従い、二つの白熱電球が作る人工虹が、壁といわず天井といわずオーロラのように激しく変化するのを見る。暗幕のれんをくぐった第二室では、ペンライトで自分で立体虹を作って観察できるほか、天井に張り巡らせたイルミネーションがそれぞれ小さな立体虹を伴って点滅するのを楽しむことができる。
虹のトンネルには、他にも明るいスペクトルや虹プロジェクターなど色々な仕掛けがあるのだが、その話はまた別の機会に譲ろう。
【理科教室 1998年5月号(Vol.41、No.5)に掲載】 (PDF版365KB)
【備考】
【参考文献】
「太陽からの贈りもの」小口高、渡邉堯 丸善
「空の色と光の図鑑」斎藤文一、武田康夫 草思社
「人工虹の研究」内川英雄、浜崎修、国田徹也 第12回東レ理科教育賞受賞作品集
「過剰虹の実験とマイコンによる計算」浜崎修 物理教育第31巻第4号(1981)
YPC横浜物理サークルニュース集Vol.8
「3D人工虹」物理教育通信第84号(1996)右近修治
「点光源による人工虹の理論」物理教育通信第84号(1996)山本明利
'97青少年のための科学の祭典実験解説集
【関連ページへのリンク】
The making of the 「虹のトンネル」'98年版
The making of the 「虹のトンネル」'97年版