例会速報 2022/03/21 Zoomによるオンラインミーティング
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授業研究:受験を意識した高3物理 長倉さんの発表
長倉さんは、「受験を意識した高3物理の授業」というテーマで実践の報告をした。生徒の大半が大学進学を目指す学校で勤務している長倉さんは、アクティブラーニングや実験をやりたい一方で、「合格するための学力を身につけたい」という生徒のニーズも取り入れようと、試行錯誤を重ねながら授業を行ったようだ。
授業の導入では、YPCで仕入れたネタ(交流の実効値・パスカル電線)を使って実際に現象の予想や、短時間の話し合いををさせてから、式変形の過程については山本さんの授業資料(右上の図)を参考に、式変形の過程を矢印で繋ぎわかりやすい展開を心掛けた。個人的にはあまり好きではないが、「この式は覚えた方がいい」「この式は、こんな語呂合わせで...」なんて指導をした場面もあった。本音をいえば、生徒実験をもっと取り入れたいと思いながら、授業に臨んでいたという。
指導内容については、「交流の実効値はしっかりと2乗平均平方根をとっていることを示すべきだろう」、「いきなり音楽をフィルターにかけるのではなく、純粋で導入した方がわかりやすいのではないだろうか」「簡単でも実験を導入で取り入れているのは良い」などのアドバイスが出た。また、後半では参加者の受験指導や「計算力をつけるための指導」の実際について、さまざまな意見交換がなされた。発表を終えた長倉さんは、「生徒のニーズを意識しつつも、授業の中でどうした力を身につけさせたいかはしっかり考えたい。また、授業担当として身につけたい力を示したり、信頼関係を築くことが大切だとも改めて気付かされた。」とコメントした。
超伝導体の焼成 その後 市江さんの発表
市江さんは昨年の12月例会で発表した超伝導体の焼成の再現性を確認し、その後の成果を報告してくれた。生徒が自ら焼成した超伝導体のマイスナー効果を観察している動画はここ。(共有リンク)
最高温度のみを5℃上げて、そのほかの条件は前回と同様にした。いずれも炉床板を二段重ねにして焼成を行ったところ、下段に置いて焼成したものが良く浮いた。これが何を意味するか今後も調査を続けたいと、市江さんは意気込みを語った。
1年間の最後の授業 鈴木健夫さんの発表
毎年4月のYPCの例会では、1年間の最初の授業(授業びらき)を紹介し合うのを恒例にしているが、鈴木さんは最後の授業(授業じまい?)を紹介してくれた。今までない発表かもしれない。
高1の授業は全員必修なので、ここで物理の学習を終える文系や生物選択の生徒が半分以上いる。鈴木さんの毎年の最後の授業は、この1年間の物理の学習は何だったのかを語る最後の機会なのでまとめとして話す。話の流れは、以下の通り。
そもそも「学ぶ」「学習する」とは何だったのかを、言葉の定義から考えさせる。特に強調したいのは、英語で「学ぶ」「勉強する」はlearnかstudyだが、私自身の高校時代の英語の先生が「あなた方の勉強はlearnでしかない。studyしたかったら大学に行きなさい」と話していたのを紹介する。確かに、「習って覚える」のはlearnである。しかし、考えて確認して概念を獲得していくのはlearnではなく、studyだ、と鈴木さん自身授業をする側になってそう思うようになった。この1年間の物理基礎の授業は、learnでなくstudyする時間にしていたつもりだ。これからのみんなの勉強も、単に「習って覚える」のではなく「考えて理解していく」ような勉強をめざそう、とまとめる。 このあと、不思議に思える現象も科学的に見る目を持つようにということで、具体例を話す。
◯「虫の知らせ」は確率的に考えれば不思議ではない
◯「水からの伝言」に感動した小学校の先生が給食のご飯のあまりを「ありがとう」「ばかやろう」と書いた二つの札の前に置いたら、「ばかやろう」に置いたご飯が先にカビが生えた、という話を科学的に考える例(どちらが唾が飛ぶか)
そして、科学の知識を使ってよりよく生きていくことの重要性を話す。 鈴木さんの最後のプリント(PDFファイル130KB)はここ。
磁性の起源 菅野さんの発表
磁性の起源はフントが分光実験から発見した次の2法則にまとめられる。これをフントの法則[1]という。
・第一法則:1つの電子配置については全スピンの最大状態が最安定な基底状態である。
・第二法則:全スピン状態が複数ある場合は全軌道角運動量の最大状態が基底状態になる。
フント則は従来の解釈では、電子同士の間に働く力だけで説明されてきた。しかし、多数の電子の相互作用は計算が難しく、証明されていなかった。現在、さまざまなモデル理論が提唱されている。例えば、ハイトラ-ロンドンモデル、ハバードモデル、スレーター摂動理論など。これらのモデルが、多数の電子状態すべてを取り込むことができているのかどうか。
今回菅野さんが紹介してくれたのは、東北大学金属材料研究所名誉教授の川添良幸氏のグル-プの論文[2],[3]である。それによると、電子間の相互作用に加え、各電子と原子核(陽子など)との作用も要素に入れると磁性の発現が厳密に再現できる。シュレーディンガー方程式をビリアル定理の満たす条件下で計算する。
ビリアル定理とは、「多粒子系では平均運動エネルギーTとポテンシャルエネルギーVの間には2T+V=0の関係が成り立つ。」というものである。系の全エネルギーEは、E=T+V=-T=V/2となる。Vが下がってTが上昇するが、Eはさがるため、安定した状態が出現することになる。磁性モデルがビリアル定理を満たしているかどうかが、正しい計算かどうかの判定基準になる。[3]
ニュートン力学の範囲内でも、例えば地球と月と太陽でも3体問題である。またコマの運動ともなると、複雑な計算になる。量子力学においても、多体問題を解くことは難しいということである。
参考文献
[1] Hunt:Z.Physik.33,345(1925)
[2] 川添良幸:金属vol.84 (2014) NO9.
[3] Takayuki Oyamada, Kenta Hongo, Yoshiyuki Kawazoe et.al.:Interpretation
of Hund’s multiplicity rule for the 2p and 3p atoms by Quantum Monte Carlo
Methods
なお、例会参加者からは、「物理学のモデルは系を記述するハミルトニアンで始まることが多いが、それらの「正しさ」が確立しているとは限らない。そこで多くは「有効ハミルトニアン」として扱われている。それはそれで有益な結果を生んできたが、「厳密な理論」でその「正しさ」が問題になることはよくある。それが物理学の発展だと思う。磁性の発現に関して、具体的な理論展開までを例にあげて説明されたところにこの発表の意義がある。今までとは全然違う物理研究のアプローチというわけではなく、むしろ伝統的だと思う。」というコメントがあった。
負の物理量の難しさ ~仕事を中心に~ 西尾さんの発表
負の物理量はその物理的な意味が多様であるため、生徒の物理学習の理解困難につながっている一因であると考えられる。今回の発表は、このように分類・整理して教えるべきという主張ではなく、生徒にとっての「いろいろなわかりにくさ」が負の物理量にあることを指摘し、それを教師が認識して丁寧な指導を行うことが必要ではないかという、西尾さんからの問題提起である。
特に仕事は、力学でさんざん速度や力などのベクトル量を学んだ後に学習し、力および変位という2つのベクトル量の内積で定義されるので、「負の仕事は力と逆向きのベクトル」などの混乱・誤解が起こりやすい。
また、同じスカラー量のエネルギーは「系がもつもの」であるが、仕事は「系に出入りするもの」で、負の仕事については「負の仕事が系に与えられると、系のエネルギーがそのぶん減る」という概念理解がもっとも基本的で重要である。ところが教科書の展開はふつうベクトルの内積に基づいた仕事の定義から始まり、なぜそのように定義するのかはっきりとは説明されない。仕事は「系のエネルギーの変化量」に等しいエネルギーのflowであり、運動方程式から運動エネルギーとセットで導出されるものであるが、そのような「仕事とエネルギーの基本的な関係」はもっと意識的に指導されるべきである。
仕事は「系」の設定抜きには扱えない物理量である。AとBが正負等量の仕事をやりとりするとき、AとB全体を1つの系とすれば、それらの仕事は系内のエネルギー変換には関与するが、系外から流入する仕事は0で系のエネルギー変化はない。また、負の仕事の代表例として教科書では動摩擦力が取りあげられるが、摩擦熱によって温度上昇をする物体を「系」とすると、動摩擦力と物体の変位の積で計算される「負の仕事」は本来の仕事ではない。負の仕事の具体例として動摩擦力を扱わないようにするか、温度上昇を無視した質点として物体を扱う理想化をしていることを明示する必要がある。
いろいろな浮沈子 三宅勇輝さんの発表
三宅さんが勤務する神奈川県立青少年センター科学部では子ども向け科学講座や、ものづくり体験教室のために科学工作を研究している。今回の例会では浮沈子についての研究が報告された。
三宅さんは、様々な文献を比較していく中で浮沈子の具を左図のように7種類に分けて標本にした。(たれ瓶、ストロー、緩衝材(プチプチ)、発泡スチロール、マシュマロ、線香、マッチ棒)
線香とマッチ棒は特に寿命が短く、数回浮き沈みを繰り返すと沈んでおしまいになる。文献になかったもので三宅さんが発見したのはマシュマロである。マシュマロは次の日には溶けて消えている。
この標本の7種類の他に種類があれば提示して欲しいとのこと。また、マシュマロ浮沈子について書かれた文献があれば教えて欲しいと三宅さんは呼びかけている。
パソコンの事故の対処方法、結果オーライ 古谷さんの発表
古谷さんはメールチェックをはじめ、日常生活で食事の前後の少々の時間帯に台所に設置したパソコンを利用していた。利用頻度が高いのでメンテナンス用のソフトもインストールし一応気をつけていた。このPCが突然今までに見たこともないタイプのブルー画面となり起動しなくなった。暖房器具に近いという設置場所が関係していたのかもしれないという。
そんな中、Cドライブのクローン(SSD)があることを思い出し、それを起動しなくなったパソコンのドライブと入れ替えたところ、見事復活した。パソコンが不調になったときには何種類かの復活方法があるが、かつて、ある雑誌で読んだ「ドライブのクローンを作り、保存しておく方法も有効な方法」との記事が頭にあり、結果的に短時間の作業で成功したという例である。
なお、クローン専用のアプリは購入先のSSDのメーカーが無料で提供しているものだが、他の無料版で利用できていたアプリは作業の途中から有料版を購入しなければ作業が終了しない仕組みへ変わっていたのでご注意、と古谷さんは述べている。
電池の内部抵抗について 手塚さんの発表
手塚さんは、勤務校でテスターを使おうと006P型の電池交換をしていたときに、起電力が高いにもかかわらず、テスターが起動しないものがあることに気がついた。いろいろ調べてみると、下の表のように、内部抵抗が異常に高く、電流を流すと端子電圧が大幅に低下する電池があり、機器の使用時には注意する必要があると感じた。未使用でも古い電池では内部抵抗が大きくなっている恐れがある。
物理チャレンジ オンラインプレチャレンジ録画の限定公開 櫻井さんの発表
櫻井さんは、例会当日の午前中に実施された物理チャレンジのオンラインプレチャレンジ(内容は概ね物理チャレンジに関するガイダンス)の録画を紹介した。右のURLから視聴できる。https://youtu.be/N7HlXcaK8wk
動画自体はYouTube上で限定公開とされており、URLを知らないと視聴できない設定になっているが、特に視聴を制限しなければいけない内容は含まれていないので、興味のある先生や生徒にURLを伝え、動画を紹介してほしいとのこと。長さは約1時間。動画にしてはかなり長いが、評価されるレポートの書き方や評価についても触れているので、チャレンジするなら一度は目を通しておくといいかもしれない。
エネルギーの未来を描く:カーボンニュートラル社会実現のために 櫻井さんの発表
続いて櫻井さんは、経済産業省が推進する事業の1つであるSTEAMライブラリーとコンテンツがリニューアルしたことについて紹介した。櫻井さんは2021年9月例会の授業研究で、STEAMライブラリーのコンテンツ「知ろう!つくろう!未来のエネルギー!」を利用した、エネルギーとその利用に関する授業について紹介している。このコンテンツが増補・更新され、2022年3月に「エネルギーの未来を描く:カーボンニュートラル社会実現のために」というタイトルでリリースされた。
動機付けや解説をするための講義動画が多くつけられ、新たなコンテンツも追加されて大幅にパワーアップし、どの章から学習をはじめてもよいようにリニューアルされた。より生徒が独学しやすいコンテンツになった反面、授業でコンテンツを利用するための教材研究に、より時間がかかるようになったかもしれない。
いずれにせよ、電力やエネルギーの利用に関するコンテンツとして充実しており、物理や現代社会の教科書に書かれたことを授業でさらに掘り下げたい時や、関連する内容の探究活動を実施している生徒に紹介するのに適しているのではないだろうか。「エネルギーの未来を描く:カーボンニュートラル社会実現のために」のURLはこちら。→https://www.steam-library.go.jp/content/14
超音波ウキウキマシン 越さんの紹介
越さんは、愛知の田中さんが開催してくれた「超音波ウキウキマシン」のオンライン製作会で作ったものを紹介した。これは2つの超音波スピーカー間(間隔は約60mm)に生じた定常波上に発泡スチロールの小球(直径1〜2mm程度)を空中浮揚させる実験器具だ。兵庫の上橋さんが製作したものを参考にして、田中さんがスピーカー間の距離を変えたり、位相を切り替えたりできるように改良を加えた。製作会の中で田中さんは、クントの実験などで発泡スチロールの小球が定常波の変位の腹に集まる理由についても、分かり易く解説して下さった。
ネタ元の上橋さんのHP(動画あり)はこちら→https://www.eneene.com/
HPのその他の作品も、とてもカラフルで興味深いものばかりだ。
クントの実験の物理的考察の笹川論文はこちら。
二次会 Zoomによるオンライン二次会
例会本体には32名が参加、二次会には12名の参加があった。オンライン二次会では各自ドリンク持参で自由に語り合う。年度末が近いので裏話としての異動情報が飛び交った。神奈川県の教員の異動は3/31の新聞発表まで原則ナイショだが、他県ではすでに公表されているところもある。新任地に向かう期待と不安を、経験者と共に語り合う。年齢層が広いYPCならではの話題かもしれない。
例会の最後、および二次会の席で、古谷さんから、「第26回 神奈川の理科教育を考える集い」のアナウンスがあった。昨年、一昨年とコロナで開催が見送られてきたが、今回は遠隔で開催する。参加費は無料。
主 催:科学教育研究協議会神奈川支部
日 時:2022年4月24日(日)10:00~15:30
テーマ:ICTを授業に活かす~その可能性と問題点を探る
チラシのダウンロード(PDFファイル:199KB)はここ。
申し込み先(申込み締切:4月17日・申し込みが完了するとZoomの招待状が届く)
https://ws.formzu.net/fgen/S30780832/
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